第17話 生粋の悪
コンビニエンスストアの自動ドアが開く。それと同時に、軽快で愉快な入店音が私を出迎えた。だが、今この瞬間だけは死神による誘引にも思えてしまう。
「円谷灯です。私は1人でここにいます。通信機も全て外しました」
返事はない。
薄暗いコンビニエンスストア、商品棚の行が3つ。つまり、通路が4つ。
「約束通り人質を解放してください」
入り口の右手にあるレジには無数の赤黒い血だまりが残されていた。まだ新しい。ここで先程の女性は怪我を負わされたのだろうか。
「待ちくたびれたよ」
奥からあの男の声がした。姿はまだ確認できない。
「店先まであの少年も来ていたみたいだな。よかったな、死んでなくて」
「誰のせいで……」
尼寺山は話を続ける。人質を解放する気配はなさそうだ。
私は警戒しながらすり足でじりじりと声のする方向へと向かう。
「一応聞いておこう。こちらに寝返る気は?」
1列目、誰もいない。
「ありません。私は私の『正義』を見つけました。だから『悪』にはなりません」
2列目、誰もいない。
「……ほぉ、それはそれは…………」
3列目、誰もいない。
「私はあなたを捕まえます、必ず」
「…………」
「だからまず人質の解放を――っ……!!」
4列目、つまりは店の一番奥の列、入り口の対角にあたる場所に尼寺山伊吹はいた。
「な……んで…………」
薄暗い店内照明の下、3人分の死体を侍らせて、悪逆非道の権化は泰然と立っていた。
このコンビニエンスストアに生きた人質はもう、いない。
「なんで、か……ふ、俺はあのレシートに『1人で来たら絶対に人質を助ける』だなんて書いていたか?」
「っ……!」
『俺はあと3人殺すことができる。もし、この行為を止めたいのならば、少女1人でこの中に入ってこい』――たしかに、たしかに書いていない。書いていないが、こんな酷いことが、酷すぎる。
尼寺山はサラリーマンらしき男性、高校生らしき少女、主婦らしき女性。地面に這いつくばり動かない彼らをまるで見下すように嗤う。その態度を見て、思わず唇を強く噛んだ。
「俺は咎人だ。俺は『悪』だ。つまり、それが俺の使命だ。」
「そんなのおかしい! たしかに咎人は誰かを食べて生まれてしまった……誰かを殺して生まれてしまった……でもだからって、そのあとも人間を殺さなければならないという理由にはならないはずです!」
「人を殺したらそれはもれなく『悪』だ。そして、『悪』に成り果てたのなら、もう変わらない。違うな、変われない。一度足を踏み入れてしまったありじごくからは、決して抜け出せやしない」
つまらなそうにニンマリと口角を上げて、横たわっている女子高校生の脇腹を蹴り上げた。ゴギリという鈍い音。
「っ……!」
「ならいっそ深くまで潜ってしまえ! ありじごくの中へと自分から突き進んでしまえ! 闇の中へと、地獄へと、『悪』へとな!!」
「……どうしてあなたはそこまで『悪』に固執するんですか」
「『悪』こそが俺に与えられた役割だからだよ。俺は咎人に成る前からずっと『悪』として役割を全うしてきた。俺は咎人に成ったから『悪』なのでない、『悪』だから咎人に成ったのだ!」
「ふざけないで! なにが『悪』! こんなことをして――」
「堂々巡りだな」
吐き捨てて、尼寺山はズボンから見覚えのあるベルト――負荷武具【帯革】を抜き取る。バックル部分に衝撃が加わると爆発する危険な武器だ。
人質全員が爆殺された光景がフラッシュバックして胃液が上がってくるが、悟られないように平然を装う。
「ところでさっき『私はあなたを捕まえます』とかほざいていなかったか? どういうつもりだ」
「……『誰も悲しまないようにする』、それが私の『正義』だから」
私が答えたその一瞬、尼寺山は眉をひそめた。
そして、
「――ふははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
爆発したかのように笑った。無慈悲で、非情で、極悪である尼寺山伊吹という男からは想像できないほどの爆笑。
「おいおいおいおいふざけているのか? 誰も悲しまない? その“誰も”の中にまさか俺が入っているというのか? つまり、それがお前の『正義』だというのか? 馬鹿げている。あまりにも、あまりにも馬鹿だ! それがこの1週間でお前が導き出した答えだとでも言うのか?」
「そう、これが私の導き出した『正義』。私は『悪』に取り憑かれた貴方すらも救ってみせる」
「愚者が」
尼寺山は即答し、断言し、冷笑した。
「俺が悲しんでいるように見えるのか? だとしたら今すぐ病院に行った方が良い。眼科ではなく、頭のな」
言って、帯革を回し始める。ヒュンヒュンという空気を高速で切る音が鳴り響く。
間合いは20メートル。しかし、私たち咎人にとっては一寸の距離もない。
「さぁ、教育を始めよう。お前に『悪』というものを今ここで身をもって教えてやる。死ぬなよ?」
私はゆっくりと右腕に黒煙を纏った。




