第2部 第8章
「君はシカかい? もうちょっとゆっくり歩いてくれよ。」
身軽に崖をおりていくギルにいった。
「こんなハードなハイキングだと思わなかったわ。」
危険なほどではないが、結構キツイ山道だった。
「もう少しだよ。」
「確かに滝の音が聞こえるね。」
ここで滝の存在を全く感じられなければ、即、帰りたくなったが、滝の音に励まされギルの後を追った。
ギルは岩から岩へと飛び跳ねるように進んだ。
3人が追いつくまで大きな岩の上で立ち止まって辺りを見回した。
母さんもこの景色を見て深呼吸してた。
母さんが自然の中で楽しそうにしてるのを見るのが好きだった。
今、それをちゃんと自分の体で感じている。母さんの記憶でしか見られなかったこの美しい風景の中に自分がいるんだ。
息を切らして3人が追いついた。
「あの岩の向こうにすごい景色が広がってるよ。」
目の前に立ちはだかる岩を超えると、滝の轟音が大きくなり、ギルの言うように別世界が広がっていた。
「すごい・・・。」
キャッシーは大きな岩に寄りかかって目の前に広がる景色を見た。
自分達はいつの間にか滝つぼにいた。目の前には轟音と共に流れ落ちる滝があった。
岩の後ろでは音だけで全く滝が見えなかったのに。
木や草や岩が、まるで守るように滝を見えなくしていた。
大地がそのままむき出しになったような大きな切り立った岩から真っ直ぐに落ちてくる水はすごい音を立てているが、長くたなびく滝の姿は優雅だった。
「虹も出てるわ。」
水しぶきが太陽の光に照らされて虹を作っている。
母さんはここで歩いて疲れた体に滝から流れる水を飲むのがお気に入りだった。
母の真似をして流れる水を手にすくって飲んでみた。
冷たい水はとても柔らかく、体に染み渡る感じがした。
ふと今自分は本当にここにいるのか、母の記憶の中にいるのかわからなくなって不安に顔を上げた。
目の前には優美でありながら力強い滝が流れ、虹がかかっている。その虹の中にルシファが立っていた。滝つぼを舞い上がる水しぶきを操っているかのように虹に手を差し伸べている。まるでその虹はルシファが創ったようだった。
初めて日の光の中、庭でルシファを見たとき、天使になって舞い上がってしまいそうで走り寄ったのを思い出した。
そして、また体は無意識のまま、天に帰ってしまいそうなルシファに駆け寄っていた。
しかし、濡れた岩に足が滑り、そのまま岩の上に倒れた。
肘を硬い岩に打ちつけたらしい。痛みに声も出ないで肘を抱えた。
「大丈夫?」
顔を上げると心配そうなルシファが手を差し伸べていた。
「僕はいつもルシファに手を差し伸べてもらってるね。」
その手を掴んで立ち上がった。
「這い上がる気のない人には差し伸べる気はないよ。君はちゃんと掴んでくれる。差し伸べがいがあるってものだよ。」
ルシファが笑った。
振り向くと、キャッシーが川の水面を見つめ、アランはオオカミでも探しているのか森の方を覗いていた。
「この風景の中にみんないる。僕の大切な人たちがいる。母さんの記憶じゃなく、僕の世界だ。」
ギルは両手を広げてこの空間の空気を感じた。




