第2部 第1章
ギルはその後、全く落ち込むことはなかった。落ち込むどころか、今まで以上にはつらつとしていた。
ルシファはやはり記憶を消したことに関して、完全に納得できたわけではなかった。
しかし、ギルの今の笑顔を見ていると、本当に母親の呪いがかかっていたのかもしれないと思う。敏感なギルのこと。遠く離れても母の呪いは届いていたのかもしれないと思うほど、今のギルはのびのびとしていた。
もし、本当にこれで呪いが解けたのなら、これでよかったのかもしれない。
「アランの所へ行こうか?」
クリスタルのライブラリを見ていたギルはすぐに意識をルシファに戻した。
「本当?」
「今度はワクチンを打ってね。」
アランのいる保護施設は完全にナチュラルの世界だった。まず、ワクチンを打って、アニバーサリー・ヴィレッジに入り、そこからアランのいる保護施設に行くことになった。
「キャプテンに会いたい。謝らなくちゃ。」
「それに石をつけた君を見てもらおう。」
なんだか、お父さんかお祖父さんにうれしい報告をしに行くような気分になった。1度しか会ったことがないのに、きっと心から喜んでくれると思った。
ワクチンを打つのは消毒の匂いがして、真っ白な壁の診療室だったが、ギルは特に恐怖を感じることはなかった。
ヴィレッジに着くと、前回と同じ部屋でキャプテンを待つことになった。
「随分、前回に比べると大人しいね。」
驚いたようにルシファがいった。興味いっぱいで目を輝かせてはいるが、前回のように息つく暇もないほどキョロキョロはしていない。
「前はもうとにかく全てが珍しくてもう必死だったけど、今はじっくり味わいたくなったんだ。」
相変らず窓から外を見ているが、落ち着いてじっくりと眺めていた。
以前は自分が入れるとは思っていなかった外の世界、光の世界に舞い上がっていたが、今は、ここの世界の中に自分はいるという安心感があった。
ノックの音がしてドアが開いたので、慌ててギルは窓から離れた。
「この間はすいませんでした。しかも挨拶も早々に帰ってしまって。」
入ってきたキャプテンにルシファが歩み寄って握手した。
「あの腫れあがった顔で来られても困るよ。」
キャプテンは笑った。
「しかし、君の根性には脱帽するよ。」
「キャプテン。本当にすいませんでした。僕のためにいろんな人に迷惑かけてしまいました。」
ギルはここにいるスタッフ何人に迷惑かけたのか考えるといたたまれなかった。
「ジーンリッチになったんだね。おめでとう。よく似合ってる。」
キャプテンはギルの前髪を分けて、青い石を見て微笑んだ。
本当にこの人は身内みたいに喜んでくれた。そう思うとギルはうれしかった。
キャプテンの優しい顔をじっと見つめると、彼の額には石がなかった。マザーコンピュータはナチュラルが守っているんだから、キャプテンはナチュラルなんだ。
「この前会ったときからそんなに経ってないのに、随分大人になったね。雰囲気が変わってる。」
孫の成長を喜ぶように目じりの皺を深くして微笑んでいる。
「これからアランの所へ行くそうだね。」
「アランがギルにオオカミを見せたくてしょうがないんですよ。」
「本当の自然を見てきてご覧。ここにも自然は沢山あるが、本当の自然はもっと雄大で過酷だ。その美しさも厳しさも、どちらもしっかり見てくるんだ。」
キャプテンの大きな手がギルの両肩に乗せられた。
「データの解析の中間報告が出来上がった。アランの所に送っておくから、見るようにいってくれ。そして、君も見ておいてくれ。」
部屋を出がけにルシファにいった。
「最近、お父さんからは何か連絡はないかい?」
キャプテンといい叔父といい、なぜ最近父のことが出てくるのだろう?
「いいえ。どうしてですか?」
「いや特に。」
後ろを向いたまま手を上げて部屋を出ていった。




