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石の記憶  作者: 弥生 飛鳥
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第1部 第86章

 病室の前までくるとルシファは足を止めた。引き返すなら今しかない。


 しかし、ギルの激しい目を見ると、止めることはできないのだろう。


 仕方なくドアを開けた。


「誰?」


 ベッドの上で上半身を起こした女性が痩せこけて飛び出た目で2人を見た。


 ギルは言葉を失った。


 こんなに痩せて、髪も真っ白。恐怖に怯えた目だけが異様に大きく見えた。


「僕だよ。母さん・・・。」


 ギルはひきつった微笑を浮かべて近づいた。


 母はしばらく何をいわれたのかわからないように大きな目でじろじろと見ていたが、不意に記憶がつながった。


「お前! 生きていたの? まだ、まだ生きていたの!?」


 掴みかかろうと手を伸ばした母をルシファが後ろ手に羽交い絞めにした。


「お前、何しに来た! この悪魔、私を殺しにきたの!?」


 ギルは体が震えて動けなくなった。


 期待なんかしてない。ののしられるのはわかってた。こうなること、わかってた・・・。


「僕、ジーンリッチになったんだ。」


 震える声でやっといえたが、 母はまるで聞いていない。狂ったようにルシファに押さえつけられながら暴れている。


 熱で狂った時、僕はきっとこんなふうに暴れてたんだ。そしてルシファを傷つけた。


 いくら痩せ細った女性でも、狂っている時の力はルシファを跳ね飛ばすこともできるだろう。


 躊躇している暇はない。


「僕、生きることにしたんだ。・・・ごめんね。」


 ルシファは必死に母を抑えながらギルを見た。


 どうして謝る? どうして生きていることを謝らなくちゃいけないんだ?


 言い知れぬ怒りで羽交い絞めにしている女性をこのまま殺したくなった。


「だからせめて、あなたの記憶の中の僕を殺してあげる。」


 ギルが母に向かって両手を差し出した。


「何をする気だ!」


 ルシファが叫んだ。しかし母を抑えていて、ギルを止めることができない。


「やめるんだ、ギル。」


 もがく母を抑えながらギルを見ると、愛しそうに母に手を伸ばしている。


抑えられて動けない母は声も出ないままギルの手を避けようと首を振った。


「記憶を消してあげる。」


 ギルの手が母のこめかみに当てられた。


 母は電流に打たれたかのように全身を痙攣させてそのまま動かなくなった。


 ゆっくりと体の力が抜けて気を失った。


 ルシファはゆっくりと手の力を抜いて母の腕をはなした。今は何も考えられなかった。


 細いその体をベッドに横にした。その顔を見たとき、その首を絞めたい衝動にかられた。


 しかし、ギルがその顔にかかった乱れた前髪に触れて、額の石にキスした。


「さよなら。母さん。」


 母の細い手を取り、自分の額の石に当てた。


「ありがとう。行こう。」


 ギルが立ち上がった。


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