第1部 第6章
ルシファのだぶだぶの服を何とかまとって部屋を出ると丁度ルシファが歩いてきた。
「さすがに大きすぎるね。」
クスクス笑った。
「近いうちにちゃんと君の服を用意するから、がまんして。」
大きな服では胸元の傷が隠せなくて、何となく落ち着かなかった。
「今、スープを作ってみたところなんだけど、食べられそう?」
何年点滴だけだったろう? お腹がすくなんて感覚、忘れていたのに、なぜかいきなり空腹を感じた。
「キッチンはこっちだ。おいで。」
ベッドのある部屋とは反対の部屋のドアを開けた。
「椅子にかけて待ってて。」
木の椅子を引いて座らせると、自分はカウンターの向こうに消えた。
部屋を見渡すと、とてもすっきりした部屋で真ん中にダイニングテーブルと壁際に戸棚があるくらいだった。
「ここはあまり使わないからね、殺風景だろ。」
辺りをきょろきょろ見渡しているうちにトレイに湯気の上がるスープを乗せたルシファが目の前にいた。
「さあ、どうぞ。」
目の前に置かれたスープは柔らかい湯気を上げていた。ギルはじっと見つめていた。
「さあ、食べよう。」
ルシファが自分も椅子に座ってスープを勧めた。
ギルは震える手でお皿を持つと、それをルシファの足元に置き、4つん這いになった。
「何をするんだ!」
「食事はこうやって食べるんだって母さんにいわれてた。いうことを聞かないと殴られる。」
ギルは床についた手を握り締めた。
「そして、お皿に入っていたのはドックフードだった。」
それが食事だった。点滴生活になった時、お腹はすいたけど、正直ほっとした。
「母さんは僕が惨めになることを望んだ。」
いうことをきいても機嫌が悪い時はその皿を蹴飛ばされ、床に散らばったドックフードを食べる時もあった。
それならまだいい。皿から狙いが外れで顔を手加減なしに蹴られることもあったが、「食事」が終わるまで4つ這いのまま、立つ事は許されなかった。
「君は今、気分が悪いだろう。」
ルシファの押し殺した低い声がした。
なんていうことだろう。そういう育てられ方をして「それが当たり前」と思ってるわけじゃなく、自分がどれだけ惨めなことをされてきたのかわかっていて、あの生活の中生きてきたというのか。
ルシファは心の底から怒りがわきあがってくるのを感じた。
「私の怒りがバンバン君に投げつけられて気分が悪いだろ?」
「大丈夫。手首が痛くてそれどころじゃないから。」
その白くなるほど握り締められた手にルシファの大きな手が乗せられた。
「私のこの怒りを消すことはできなくても、和らげることは君にはできるんだよ。」
ギルは何を言われているのかわからずに顔を上げると、優しく微笑むルシファがいた。
「さあ、立って。」
骨ばった肩を掴んで引き上げた。
「座って。」
いわれるがままに椅子に座った。
ルシファは床の上に置いてあるスープを拾い上げると自分のスープをギルの前に置き、床に置いた皿を自分の前に置いた。
「私は君と一緒にこのテーブルで食事がしたいんだ。」
力なく顔を上げると相変らず優しく微笑んでいる。
「君は私の望みを叶えることができるんだよ。」
ギルにスプーンを持たせると、自分も椅子に座ってスプーンを持った。
「待って! そのお皿は僕のだ。」
床に置いたスープの方をどうしてルシファが食べるの?
「君が苦しい時、私も苦しい。君がハッピーならば、私もハッピーだ。君が犬並みの食事をするなら私もそうしよう。」
「な、何をいってるの?」
「多分、君はお母さんの機嫌を取るために屈辱を受けることこそが唯一の方法だとしか思えなかったんだろうけど、違うよ。人は本来、幸せな人といると幸せだし、苦しんでる人といると辛くなってくる。君は特に敏感な感覚を持っているからよくわかるはずだ。
でも、君ほど敏感じゃなくても人は誰でも感化されるんだよ。
私をハッピーにさせたかったら自分がハッピーになるんだ。
決して自分を傷つけることで我慢することで人を救えるとは思わないで欲しい。」
ルシファは目の前の皿からスープを飲んだ。ギルは自分のしたことが人を傷つける結果になっていたことをひしひしと感じた。
「ま、私を傷つけたいなら、存分に自分を傷つけていいよ。でも、私は君にそんなに嫌われるようなことした覚えはないよ。」
クスクスと笑いながらギルを見た。




