第1部 第66章
ギルの体がまた痙攣を始めた。すぐに両腕を押さえつけたが、その細い腕を折ってしまいそうな気がして躊躇した瞬間、すごい力で振りほどかれた。
「殺してよ! そんなに僕が怖いなら、殺せばいいじゃないか! 僕が邪魔なら殺せばいいじゃないか!」
焦点の合わない目を見開いて暴れ出し、ベッドから落ちても床を叩きつけている。何とかその腕を掴もうとするが、全てから逃れようと必死に動かす手足がルシファの体に容赦なくあたったり、爪が食い込んだ。やっとの思いで片腕を掴んだが、それから逃れようとしたギルの足が顎に当った。それでも、腕を放さすに必死に掴んだ。
しばらく腕をつかまれ、自由に動けないままだったが、また力尽きたように全身の力が抜けてぐったりした。
ルシファは自分の息が落ち着くと、ギルを抱えてベッドに横にした。
「もう、苦しまないで。・・・お願いだから苦しまないで・・・。」
血の味がする。顎を蹴られた時に口の中を切ったらしい。
ギルの手の甲もどこにぶつけたのか擦り傷から血がにじんでいた。
ギルの傷を見るといたたまれなくなった。
自分が身代わりになりたかった。ギルが苦しまなくてはならないなら、代わりに自分が苦しんだほうがましだと思った。
それが叶わないなら、せめて同じ地獄に一緒にいたかった。
「私にはわからないんだ。どうして君をこんなに救いたいと思うのか。」
どうしてこんな危険なことをあえてやってみたくなったのか。
ギルをラボから出す危険。ナチュラルとして生きられるかもしれないという可能性だけでキャプテンやアラン達を巻き込んだ。そして何もしてあげられることはないとわかってこの部屋に入った。しかも拘束具を外してまで。
「私にはわからない。どうしてなのか。君に笑って欲しい。君に幸せになって欲しい。それだけなんだ。私の心を読んでくれればそれだけは本当だってわかってもらえるのに。君は私の心を読むことはしないんだろ?」
傷だらけの自分の腕とギルの腕を見た。
「私は何をやってるんだろうね?」
何度も暴れ、しばらくすると体力が尽きたようにぐったりとするのを繰り返した。
その度にお互い打ち身や擦り傷が増えていく。
ルシファの体力も気力も限界に近かった。
筋肉が悲鳴をあげ、ギルを押さえつけるだけの力が入らない。
自分のただの我侭のせいでかえってギルを危険な目にあわせてるのかもしれない。
拘束具に繋がれていた方が傷は少なくて済んだのかもしれない。
拘束具に何度も手を伸ばそうとしては、まだもう少しはがんばれる。と手をひいた。
自分のしていることが間違いだったのかもしれないという不安が強くなってくる。
どれくらい時間がたったのだろう。ノックの音がした。
ドアの窓に看護士の顔が見えた。
「ウイルスの特定ができたわよ。抗生物質を打てばもう大丈夫。」
ドアを開けたが、中のギルの状態をうかがうように覗き込んだ。
「今、丁度力尽きたところだから大丈夫だよ。」
ルシファの傷だらけの顔や腕を見て看護士は用心深くギルに近づいた。
ルシファが安心させるようにギルの両腕をベッドに押さえつけた。
看護士は手早くギルの肩に注射を刺した。無事に仕事を完了して看護士の顔がほっとした表情になった。
「心配しなくて大丈夫よ。この子が感染したウイルスは突然高熱が出るけど、抗生物質ですぐに熱は下がるし、後遺症が残るようなものじゃなかったから。朝には元気になってるわよ。」
「ありがとう。」




