第1部 第3章
不安が増大する前にルシファが戻ってきた。
「しばらく点滴生活で胃がびっくりするだろうから、ゆっくり飲んで。」
手渡されたコップを口につけると体が欲しているのか一気に飲みたい気分になったがルシファの忠告とおりゆっくり口に含んだ。
体が潤っていく感覚がした。
「今、君はかなり混乱してるだろう。何から説明しようかな。」
ルシファは近くの椅子に足を組んで座ると顎に手を当てた。
華奢ですらりと長い手足がそのポーズを自然にしていた。
まるでポスターのようにきれいだと彼は思った。
「君のような状況でなければ、大抵の人が私と始めて会った時の混乱は、私が男性なのか女性なのかということだな。」
一人で納得するようにいった。
「どっちだと思う?」
意地悪そうに横目で見ながら質問した。
混乱が更に混乱し、彼はただ呆然とするしかなかった。
「ごめん、ごめん。別にからかってるわけじゃないよ。」
あっけらかんと笑うルシファに更にどう反応していいかわからなくなった。
「私は男でも女でもない。両性皆無だ。私を創った研究者が、そのように創ったから。要するに私は試験管の中で培養された人造人間。」
何も問題ないだろ?というように明るい微笑でいった。
「実験体もね、ここまで成功しちゃうと実験体のままにしておくのに気がひけたんだろう。私を創った人は私を養子にした。だから私はジーンリッチとしてこうして人間の暮らしをしている。」
ルシファは手を差し出したので、空のコップを手渡した。
「君は実験体としてラボにいたけど、君はちゃんと両親がいる。君はジーンリッチとしてこの世界で生きられるんだよ。」
---僕が・・・生きる?---
「私はその手助けをしたいと思ってるだけ。もちろん、君の決断次第だけどね。ジーンリッチになんかなりたくなければ拒否してもいい。ただ、決断はゆっくり、いろんな事を学んでからにして欲しい。」
何がどうなったというのだろう?
ずっと閉じ込められていた。早く死んでくれと望まれ続けていた。
自殺じゃ体裁が悪い、殺すわけにはいかないんだから、早く寿命が来てくれと。
それなのに、今更何が起きたというのだろう?
「君の名前は?」
ルシファが椅子から立ち上がってベッドに近づいた。
髪と同じオレンジの瞳がまぶしかった。この人は光の住人だ。
どうしてこんな自分と全く違う世界が目の前にあるのだろう?
「D666。ゴミ(ダスト)のDだよ。」
ルシファのきれいな瞳を見ることができなくて目をそらした。
「それはあのラボで呼ばれていた部屋番号だ。あそこへ行く前は?」
「悪魔。」
目をそらしたまま呟いた。
沈黙が続いた。
耐え切れずに顔を上げるとルシファの表情が冷たくこわばっていた。反射的に彼は身を引いた。
---だって、だって本当なんだ。母さんはいつも僕をそう呼んでたんだから!---
必死に伝えようとしてもルシファの冷たい顔に震えて声が出ない。どうしよう、そんなつもりはなかったんだ。せっかく優しくしてくれた人なのに自分から傷つけて壊してしまった・・・。
ルシファの髪が柔らかく動いて、真正面から彼を覗き込んだ。
「『ルシファ』って名前はずっと昔、人間が創った神話に出てくる『悪魔』の名前なんだよ。」




