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石の記憶  作者: 弥生 飛鳥
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第1部 第29章

「随分とおめかしなんだね。」


 部屋に入ってきたアンの格好を見てデイヴィットがいった。


「私の研究の売込みよ。できるだけいい印象を持ってもらわなくちゃ。」


 ファンデーションのコンパクトを広げて覗き込んだ。


「アイシャドウ、きついかしら?」


「そんなことないと思うけど。」


「プレゼンで目力は必要だけど、あんまりきつすぎるとわざとらしく見えちゃうでしょ。」


「君はすごいね。研究一辺倒の常識知らずな研究者じゃない。」


 満足げにアンは顔を上げてデイビットを見上げた。


「きれいだよ、アン。行ってらっしゃい。成功を祈ってるよ。」




 ケリーは噂通りとても知的で紳士的だった。


 アンの研究内容に本気でほれ込み、もっと詳しく聞きたいとディナーに誘ってくれた。


 あまり人付き合いのないアンは「特別」な服をあまり持っていなかったが、その中でも1番自分に似合う服を着た。


「アン。アイシャドウきつくないかい?」


 デイビットが心配した。


「これからディナーよ。プレゼンじゃないわ。」




 ディナーは素晴らしい時間だった。


ケリーは終始興味深くアンの話を聞いてくれた。時々、質問してくれるところが、ちゃんと聞いていて、ちゃんと興味を持ってくれていることが実感できた。間抜けな上司が何も理解できずに質問すらできないのとは雲泥の差。


「ケリーは何でも知ってるのね。ちゃんと理解して質問してくる人はまれなのよ。」


「そこまで求めるのは酷だよ。だってあまりに専門的過ぎて本当に知識のない人は話について行けないよ。」


 ケリーは自分のワイングラスをアンのグラスに軽くぶつけて、きれいな音を立てた。


「自分の研究をここまで話せた人は今までいなかった。今日は最高に楽しいわ。」




 意気投合したケリーからは毎日メールがきた。


 仕事を終えて帰ってきて、そのメールを見るのが1日の中で1番楽しい時間になった。


 日中、職場では相変わらず馬の合わない上司を適当にあしらうのも気にならなくなった。


「気づかなかったわ。そうね、そうした方が確かにいいわ。」


 画面に映し出されたDNAの螺旋がいろいろな色で染められていく。


「すごいわ、ケリー。私だけじゃここでミスしてたわ。」


「随分楽しそうだねアン。」


 デイビットが口を挟んだ。


「楽しいわよ。こんなに自分の研究に没頭できるなんて。しかも、ケリーの助言のおかげでどんどん進化してるわ。」


「ケリー、ケリーって、ずっとケリーの話ばかり。」


「なに? 妬いてるの?」


 アンは画面から顔を上げてデイビットを見つめた。


「あなたを創ったのは私。」


 ソファから立ち上がるとデイビットの目の前に立った。


「この顔も、この髪も、その目も。全て私の理想通り。だって、私がそう創ったから。」


 影でしかないホログラムを手でなぞりながらいった。


「そしてあなたは、ただの映像じゃない。ちゃんと心がある。」


「そうだよ。君は僕に命を吹き込んでくれたんだ。」


 デイビットはアンを崇めるかのように見つめた。


「でもね、その心も私が創った作り物なのよ。」


 アンは彼の影の輪郭をなぞる手を下ろした。


 まっすぐ見つめ返すアンの目が今まで見たこともないほど激しい光を放っていた。


「私の知ってる知識以外は何も知らない。私の知らないことを教えてはくれない。」


 デイヴィットは目を見開いた。


「今まで楽しかったわ。ありがとう。でも、もうあなたはいらないの。」

「アン! 待って!」


 デイビットのホログラムの手がアンの手の上に乗せられたが、ボタンを押すのを止めることはできなかった。


 恐怖で目を見開いたままデイビットのホログラムは消えた。


----さよなら。デイヴィット。-----


 ちょっと寂しさも感じたが、今までの自分は子供だったと思った。


 ケリーと親しくなるようになってわかった、少女が理想の白馬の王子を夢見るように、デイヴィットにしがみついていただけ。自分の研究をちゃんと認めてくれる人がいなくて、孤立しデイヴィットに逃げていただけだと思うようになった。このままデイヴィットとの生活を続けていっても意味はない。それよりも、自分の足りないところを補ってくれる、自分とは違うものを求め始めた。


 




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