第1部 第17章
「ギル!」
キッチンに入ってきたルシファはギルがテーブルの下に座り込んでいるのを見つけて慌てて近寄った。ギルは大きく息をしていた。手にはケーキナイフが握られている。
「立てる?」
ナイフを手から取るとゆっくり椅子に座らせた。
椅子から落ちないで座ってるかどうか確かめてから、もう1度ナイフをしみじみ見た。赤い色はラズベリーだとわかってほっとした。
ナイフをシンクに持っていくと2つに切れたパイを取り皿に乗せた。
「ありがとう。切っておいてくれたんだね。」
お皿を差し出すルシファの手を見てびくりとした。
「この傷・・・。どうしたの?」
何をいわれてるのかわからない顔でルシファは自分の手を見た。
「傷ってほどのものじゃないだろ。ラズベリーってね、棘があるんだよ。気をつけてても棘がひっかかってね。」
「ごめん・・・。僕のせいで・・・。」
ルシファのきれいな手に行く筋も痛々しい蚯蚓腫れができてるなんて、心が痛んだ。
「君は言葉の使い方を間違ってるよ。」
ギルは首をかしげた。
「『君のせい』じゃない。私は『君の為』にラズベリーを採ったんだ。『ごめん』じゃなくて『ありがとう』だよ。」
笑顔で差し出すフォークを受け取った。
「君のせいで仕方なく人は行動したんじゃない。私もキャッシーも何かを強制されたりしない。自発的に君に食べてもらいたかったんだよ。」
「ごめんなさい・・・。じゃなくてありがとう。」
ルシファは笑った。
「じゃあ、私のグチでも聞いてもらおうかな。」
自分が摘んだラズベリィを一粒フォークに刺して満足そうに眺めた。
「君の事を話したら、案の定大変なことになったよ。どうせあなたはまともに傷の手当てなんかしてあげないだろうから今すぐ行って手当てするんだと騒ぎ始めて、錠剤だけでおいしい食事食べさせてないんだろうとか、いちいち止めるのが大変だったら。」
ギルはクスリと笑った。
この光の天使をそこまで振り回すキャッシーってどんな人なんだろう?
ルシファが手を傷つけてまで採ったラズベリィ。キャッシーが自分のために作ってくれたパイ。
口に入れると甘酸っぱい味が広がった。
「おいしい・・・。」
なぜだろう。涙がこぼれてる。慌てて我に返ってなぜ自分は涙を流してるのか理由を探したが、まるでわからない。悲しいとか、うれしいとか、何も感じてない。勝手に涙が出てきてる。嗚咽するわけでもない。本当に他人の体のように何も感じてないのに涙が勝手に出てきてる。
「早く会えるようになりたい。」
ルシファの真剣な目に自分が何かをいったことに気付いた。思いもしない言葉が口を出ていた。
「実際に会うのはまだ無理だけど、ホログラムで5分だけ話してみる?」
ギルは怖気づいた。自分は何をいったのだろう? そりゃ会いたいとは思うけどまだまだ先のいつくるかわからないほどの先のことだと・・・。
「映像と音声だけだ。キャッシーが出られるかどうか聞いてみるから、パイを食べ終わったら部屋においで。」
返事を待たずにルシファは出て行った。




