第1部 第16章
ドアをノックする音で目が覚めた。いつの間に眠ってしまったんだろう?
「お帰り。楽しめた?」
寝ぼけた頭でいった。
「楽しめるも何も、キャッシーの所へ行って疲れずに帰れるはずがない。」
いかにも疲れたというように椅子に座ると長い足を投げ出して背もたれにもたれた。
「ちゃんと君のことは話したよ。案の定、ウチに今すぐ来るっていうのを止めるのが大変でね。」
ギルは目を見開いた。
「キャッシーが? それでもまだ会いたいって?」
「君には不思議かもしれないが、私は予想通りだよ。だからいいたくなかったのに。おかげで君に食べさせるパイを作るから庭のラズベリーを摘んできてってこき使われた。」
肩や首をグルグル回した。
「キッチンに今度はラズベリーのパイがあるよ。私はシャワー浴びてから行くから先に食べてて。」
相当筋肉を使ったかのように肩を大げさに回しながら出て行った。
キッチンにおかれた箱を開けると大きなパイが出てきた。パイの切れ目からはラズベリーの鮮やかな色がのぞいている。
ルシファがいつもお皿を持ち出すカウンターに行くと整然と重ねられたお皿が並んでいた。結構な数のいろんな形のお皿がある。
おそらくキャッシーが押し付けたのだろう。
ルシファが自分で買ったとは思えない。
ブルーベリーのタルトの時に使ったお皿を見つけると取り出した。
フォークを探すのに引き出しを開けると、フォークもあったが、小さなナイフもあった。
反射的に手を引いた。
落ち着け、落ち着け・・・。僕はもうこのナイフを本当の使い方で使った。大丈夫だ。大丈夫。
ゆっくりとそのナイフを握ってみた。あの時の感覚が甦る。
これで自分を刺したら全て終わりになる。楽になれる・・・。
でも母さんのように血が流れるくらいじゃダメだ。もっと本気で刺さなくちゃ。でもあれだけでもあんなに痛いのに、もっと思いっきり刺したらどんなに痛いだろう? どこを刺したら苦しむ時間が少なくて済むだろう?
頭をふって記憶を途切れさせた。
「違う。もう僕はちゃんとナイフ本来の使い方ができる!」
しっかり握ると目の前のパイに集中した。パイを切ることに全てを集中してナイフを動かす。手が震えないようにぎゅっと力を入れて。
パイが2つになった。慢心の力を抜くと、そのままその場に座り込んでしまった。




