第2部 第46章
「噴水が見たい。」
ドロシーのアドバイス通りに、リクエストした。
「何飲む?」
「この前と同じのがいい。」
「じゃあ、持っていくから、あの席取っておいて。」
店の奥に入ると、あの席は空いていた。
この前来たときには、とても人の視線が気になっていたのに、今はまるで気にならずに席に向かった。
やっぱりこの噴水はきれいだ。水と光の競演。噴水をじっと見つめてキャッシーに聞いてみたいことを口に出そうかどうか悩んだ。
「お待たせ。」
見とれているギルの前に、きれいな薄黄緑色のグラスが置かれた。
聞きたいことを聞かないでいるのは落ち着かなかった。
「昨日の話。どう思う?」
「どうっていわれても。」
キャッシーが珍しく口ごもった。
「キャッシーはこれからどうするの?」
「別に。いつも通りよ。」
ギルはなんていえば聞きたいことが聞けるのか悩んだ。
----キャッシーは死ぬのがこわくないの?---
「噴水の水滴を見て。」
ギルはいわれたとおりに噴水を見た。彫刻にぶつかった水がはじけて、その水滴が光に当ってキラキラとしていた。もう夕方のオレンジ色っぽい光を反射している。
「水滴に光が当るのは、ほんの一瞬。たったそれだけの時間、とってもきれいに輝くの。その後、大きな水の流れに戻って、もう、水滴は水滴じゃなく、どこにいるのかわからない。水の中に混じってしまう。」
キャッシーは自分のグラスに刺さったストローを回して、中の氷で涼しげな音を立てた。
「山登りの話し、覚えてる? 山頂など見てないで周りの風景を見ていたいの。刻々と流れていく時間や風景の中、今しかないきれいなものを見落としたくないの。」
ずっと噴水を見つめている。一瞬、一瞬、光を受けて美しく輝き、すぐに水にもどってしまう水滴を、誰にもその美しさを見られずに消えてしまうのがかわいそうとでもいうかのように。
「死ぬことを恐れて、今を精一杯生きられないなんて、本末転倒じゃない?」
自分の聞きたいこと、わかっていたんだ。
「終わりはいづれくるけど、ずっと先だって思ってたときには、見過ごしてたものが、今は愛しく見える。見過ごしてたものが活き活きと見えるの。一瞬、一瞬がとても貴重で、とても輝いて見えるのよ。知ってよかったわ。」
キャッシーがギルの方を向いて微笑んだ。
「見方で世界は変わるのよ。死だけ見てたら苦しいけど、だから今生きているってことに目を向けるとこの世界が輝くの。」
ギルはふと胸の焼印に手を当てた。父も母は恐怖にだけ目を向けていたといっていた。
もし、見方で世界が変わるなら、母は恐怖に囚われていたかもしれないけど、創造のヘビもいる。心のどこかで創造の部分もわかっていて、この焼印をしたのなら、ルシファが見えなかった父の愛に気付いたように、母もどこかで創造のヘビを託してくれていたのなら・・・。もう真実なんてわからない。自分の世界ではそういうことにしてしまえば、なんとなく勇気が持てた。
「この街にいる人たちは、おそらくこのままの生活がいつまでも続くと思っている。毎日地震や洪水のニュースをやっているわ。今後どうなっていくのか、気付こうと思えば気付くはず。でも彼らは気付こうとしない。怖い未来など知りたくないのよ。そして突然、手遅れになる。」
キャッシーはまた噴水を見た。
「それも1つの生き方。そんな生き方もあっていいと思うけど。私は嫌なの。私はきれいなものを見ていたいし、人が楽しんで笑ってくれるのを見ていたいの。その為に私が出来ることをしたいのよ。だから私は今までどおり、おいしい物を作ってみんなに喜んでもらう生活を続けるわ。それが私のできることだし、したいことだから。だってそれが1番楽しいもの。」
キャッシーはしっかり生きている。ちゃんと現実から目をそむけることなく、自分でちゃんと自分の人生を歩んでいる。
「僕は・・・。何ができるんだろう・・・。」
突然、噴水が色とりどりのライトで照らされた。
「きれい・・・。」
「もう、結構暗くなってきたのね。ライトアップされた噴水も素敵でしょ。」
無駄な電気を使っているのかもしれない。ただきれいなだけのことに。この電気の為に破壊された自然もあるのかもしれない。そのせいでこんなにも早く地球の変動がきてしまったのかもしれない。
でも、やっぱりきれいなものはきれいだった。




