第1部 第11章
キッチンに入ると、既にルシファはお茶を飲んでいた。
「さすがキャッシー。なかなか君に合ってるよ。ちょっと痩せすぎでだぼついてるけど、それに関して服には文句はいえないな。君の体を太くした方がいい。」
椅子を引いて座るように促した。
テーブルには紅茶と、真ん中にブルーベリィのタルトがあった。
「私はずぼらだからね。切ってくれる?」
小さなケーキナイフを差し出すとギルは身をすくめた。
ルシファの瞳が一瞬鋭くなった。しかし、ナイフを引き下げることはしなかった。
「怖いんだね、ナイフが。ナイフの本当の使い方をしてご覧。」
母さんに振り下ろされたナイフ。それは自分のわき腹をかすめた。
遊び半分で腕や太ももを軽く突き刺すこともあった。
そして、自分でも自分の体を刺そうとしたが、母に止められた。
「死ぬことなんて許さないよ! お前は苦しむんだ。逃がさない。死んで終わりにすることなんか許さない!」
「大丈夫。ナイフはね、このケーキを私と君で分けて食べられるようにしてくれるんだ。決して人を傷つけるものじゃない。」
勇気を出してナイフを受け取ると、震える手でケーキを切った。
なかなか力がうまく入らずにタルトの生地がボロボロと崩れた。
「切ってくれてありがとう。これで2人で食べられる。」
震える手からナイフを取ると、用済みのナイフは見えない流しに持っていかれた。
ギルは体の震えを抑えようと大きく深呼吸した。
「このブルーベリィはキャッシーが自分の家で作ったものらしい。」
ボロボロのタルト生地を何とか小皿に取りながらいった。
「器用なんだよ彼女は。そのうち君に手縫いの服を送りつけてきそうだよ。
君に会いたがっててね。君が人と会えるようになったら紹介しようと思ってる。」
「彼女は・・・僕のことどれだけ知ってるの?」
不安そうに呟いた。
「14歳の男の子。としかいってない。」
ギルは唇を噛んだ。自分が産まれるはずのないジーンリッチとナチュラルの子供だと知ったら、人の心を読める悪魔の子だと知ったら・・・。
「何を心配してるんだ? おそらく君の事を全て話したらいてもたっていられずに、ここに乗り込んできて傷の手当てはするわ、服は作るわ、ケーキを焼いたり・・・。多分、部屋の模様替えや壁の塗り替えまでやりかねない。」
ご免こうむるというように手を振った。
「わからない・・・。僕には理解できない・・・。」
「世界はね、わからないことだらけだよ。理解できないことばかりだ。わからなくてもいいだ。ただそうなんだって拒否することなく、受け入れればいい。」
転がるブルーベリィをうまくフォークに突き刺した。
「特にキャッシーは私以上に変な人だからね。誰も理解できなくて当然さ。」
ボロボロになったタルト生地もきれいになった皿にフォークを置くと立ち上がった。
「まだ君には刺激が強すぎて外へ出ることも、人と会うこともできない。まずは、刺激に強くなってもらわないとね。」
そういうと部屋を出て行った。
ギルは慌ててブルーベリィをフォークで刺してみた。
小さな元気のいい実はコロコロと転がり、なかなかうまく刺せない。
整理のつかない頭を休めるために手をつけただけだったのに、なぜか、ムキになって小さな実と格闘した。
ルシファの笑い声に我に返って顔をあげると黄色のゴムボールを持ったルシファがいた。
「食べながら聞いて。まずは、人の感情を何でも受け取ってしまうことをどうにかしないとね。」




