第2部 第20章
通された部屋はソファとテーブル、その他には何かの機械があるくらいの殺風景な部屋だった。
ルシファはソファに腰掛けると、肘宛によりかかって頬杖をついた。
不機嫌を態度で示すようだった。
ギルは何もいえないまま、ルシファの横に座った。
「昔は暇でしたが、今はかなり忙しいんです。手短にお願いします。」
アレックスはテーブルを挟んだ向かいにゆっくりと腰掛けた。
鋭いナイフだ。ギルは思った。
ホーク・ウィスパラーの鷹のような鋭い目とは違う。ナイフのような鋭さがある。
「確かに時間がない。お前もやっと地球に残された時間が少ないことをわかってきたようなのでね。」
ルシファは横目で睨んだ。
いつの間にか、ルシファもナイフのような鋭さを帯びていた。
「単刀直入にいおう。ルシファ、この船に乗らないか?」
ルシファの表情が険しくなった。
「地球は変動期に入る。今回の変動は大々的になる。生命が生き残れる可能性は限りなくゼロに近い。しかも変動のピークは半年後だ。それまでいろいろな所で甚大な被害が徐々に増えていく。」
本当に地球は生まれ変わるための変動を起こすの? しかも、半年? たったそれだけ? ギルはこぶしを握り締めた。
「初めからわかっていたことだ。地球は生命体。古くなった垢は落とさなくてはいけない。地球が生まれてから、何度も変動期を迎えてきた。ただ人間が環境に対して与えた被害のせいで、時間が早まった。」
父さんもいっていた。「ダメージを受けた大地は激しく生まれ変わる。数千年ごとに行われる地球の生まれ変わりに変化が起こる。再生サイクルが乱れて、緩やかさを失う。」と。
研究者は地球の変動をわかっていながら、今まで手を打たなかったのは、こんなに早く来るはずではなかったから。
「地球のダメージは大きい。地球の肺である木はその機能を果たすほどの数がない。血液である地下水は枯れ始めている。皮膚呼吸もアスファルトで抑えられ、体中、本来地球が作ってきた環境にはない薬物まみれだ。地球の生まれ変わりは早まるしかない。」
ルシファは何かを必死で押し殺しているのだろう。何も表に出さない無表情で聞いている。
「みな、私の研究を笑ったものだ。時期尚早だと。誰かが書いた落書きかもしれない古文書を手に古代文明を発掘している冒険家のように見ていた。」
アレックスは自嘲するように唇を吊り上げた。
「地球は病気だ。まともな生まれ変わりは、もう望めない。」
洪水の話が思い出された。地球に昔、大洪水が起きて、船に乗った人間と動物たちだけが生き残った。
でも、今回は・・・。
「今までのような変動では済まされない。生き残れる可能性がある所は地上にはない。宇宙で地球の変動が落ち着くまで待つしかない。この船には私と志を同じにする科学者が数名乗っている。」
「地球を逃げ出して、この宇宙船でのんびり待つってことですか?」
無感情な声でルシファが口を開いた。
「そうだ。地球の環境が落ち着いたら、再び地球に戻る。もしうまく生き延び、文明を奪われ、原人になった人類がいれば、我々は文明を与えに戻る。」
アレックスは勝ち誇ったようにいった。
「あなたは、自分が神にでもなろうというのですか?」
ルシファは叫んだ。
宇宙人の伝説。サルから遺伝子を操作して人間を創り上げた宇宙人。
目の前にいる人は、同じように宇宙から新しい地球を創造するとでもいうのだろうか。
全てを奪われた人間に文明を与えるというのだろうか。
まさに神のごとく。
「断る! 私はもうこの船には乗らない。」
ギルが小川でアリの乗った木の葉を救い上げたのを思い出した。
アリにとってギルは救世主だった。そして、アレックスは同じように宇宙から、さも自分が神であるかのように介入しようとしている。
今、この世界が壊れていくというのに、今、多くのものが死んでいくというのに、それを救おうともせずに、原人に成り果てた人間に、神のように自分たちに都合のいい知識や文明を与えるというのか。




