第2部 第14章
ゆっくりと父が体を離した。
「君はあの人から羽をもらったね。」
ギルを見つめる父の目は優しかった。
ヴィレッジのハイキングでルシファがくれた鷹の羽。その後、熱を出して、ホテルに置き去りのまま。きっと捨てられてしまっただろう。
「その羽はただのサインだ。ルシファから君が羽をもらったことを鷹が教えただけ。目に見ない羽を、君はちゃんともらっている。」
ギルはよくわからずに父を見た。
「自然や動物はいつも人間と共にいてくれる。彼らは人間が理解できないことを沢山知っていて教えてくれる。どんなに人間にひどいことをされても、同じ地球に住む兄弟として何かをしてあげようと必死になってくれる。鷹は君に教えたんだ。」
僕に羽が?
振り向いてルシファを見た。焚き火の揺れる明かりの中で光の闇がその美しい彫刻のような体を照らしていた。その後ろには炎が揺れるたびに大きく揺らめく影が、まるでもう1人のルシファのように揺らめいている。美しい天使のようなその肉体の後ろに揺らめく影は、心に恐怖を持っている者には、悪魔に見えかねないほど、不思議な意志と生命を持った存在に見える。
「私から君に名前をあげよう。我々の間では、その人を守護するトーテムアニマルがいる。その名前を子供につける。君のアニマルはオオカミだ。昨日夢に出てきたオオカミは君のアニマルだった。ブラック・ウルフ。それが君の名前だ。」
ブラック・ウルフ。僕の名前。
「オオカミは人に教えを与え、導いてくれる。君には見えるはずだ。」
父が両肩に手を置いた。ギルは目を閉じると何もない空間を颯爽と走る黒いオオカミが見えたような気がした。
「君の胸の傷。それは破壊と再生のシンボルだ。」
ギルは無意識にシャツの胸を握り締めた。見えるはずがないのに。
「破壊がなければ創造がない。その逆もそうだ。そうやって破壊と創造はお互い絡みあって存在する。しかし、メアリーは破壊の部分の恐怖にだけ囚われた。恐怖にしがみついたままでは、破壊の後の新しい創造が見えなくなってくる。」
母は破壊の恐怖だけでこれを悪魔の刻印だといったのか。
「ルシファ。スピリットが君に伝えたいことがあるそうだ。」
父はギルの肩に手を載せたまま、何かを聞いているかのように目を閉じた。
「君はこれから重大な決断をしなくてはならない。その決断は自分の人生、命だけでなく、多くの人の人生や命にもかかわることだ。」
目を開くとルシファを真っ直ぐに見つめた。
「何を選んでも犠牲は出る。今まで君が培ってきた経験、知識を使って、1番自分に後悔がない決断を下すんだ。」
ギルは父の見ているものを一緒に見たくて目を閉じた。ルシファが見える。燃え立つような炎のような翼がその背に生えている。美しい顔は更に天使のように人間離れした美しさをしていた。そしてルシファは自分の翼に手をかけて、自分の背からその翼をもぎ取った。痛みに顔が歪んだ。
「ルシファ!」
目を開けてルシファに駆け寄った。焚き火で照らされたその美しい顔はさっきの天使に比べれば、人間の顔だったが、感情を殺した無表情だった。ギルは荒い息をしてじっとルシファを見つめた。
「行きなさい。大切な友人が待っている。」




