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3話 僕の負けだ



「じゃあ、じゃんけんで順番決めよ!シュヴァン!」


一呼吸。


二呼吸。


沈黙が落ちる。


シュヴァンはわずかに目を見開いたまま、表情を一切変えない。


クラリスの胸にだんだんと緊張が走り、鼓動が高鳴る。


(……あ、あれ?やっぱり不敬罪!?)


クラリスが息を呑んだ、その時。

シュヴァンが小さく息を吸った。


「……じゃんけんって、なんだい?」


「あ!え!?そこ……!?」


「すまないが、知らないな。教えてくれるかい?」


シュヴァンはくすりと笑う。


「え、ええと、掛け声に合わせて三種類の手を出して勝敗を決めるの。グーと、チョキと、パー」


クラリスが説明に合わせて手を形にして見せると、シュヴァンは興味深そうにその手を見ながら自らも辿々しく真似をする。


(ぐ……推しが可愛い……でもだめだ、意識しない!)


クラリスは固く瞼を閉じた後、向き直った。


「グーはチョキに強くて、チョキはパーに強い。パーはグーに強いの」


「ふうん……?」


シュヴァンは自身の顔の前でチョキのハサミの指を動かして見せる。


「グーは石で、チョキはハサミで、パーは紙なんだよ。わかりやすいでしょ?」


クラリスはグーとチョキを作ってみせる。


「ほら、こうやって……」


だが当然、挟めない。


シュヴァンは顎に手を当てると、わずかに視線を落とす。

そして、肩をすくめた。


「どう考えても、石は紙より強いように思うけれど。石が紙の上に乗れば重石になるし、紙の下にあっても、紙は風に吹かれていずれ飛んでいくだろう?」


(流石……めんどくさい方向に賢い……!!)


クラリスはぎり、と拳を握る。


「もう!いいの!進まないでしょ!ほら、やろ!」


クラリスが後ろに手を構えると、シュヴァンはくすりと笑い、同じように手を構える。


「あ!そうだ……わたし、負けず嫌いなの」


突然のクラリスの告白に、シュヴァンはわずかに眉を寄せる。


「グーだすから。いい?」


「……なるほど?」


シュヴァンの口元がわずかに緩む。


そして。


「じゃーんけーん……」


クラリスは勢いよく手を前に突き出し、シュヴァンもそれに倣う。


「ぽんっ!」


月明かりの下、二人の手が並ぶ。


クラリスはチョキ、シュヴァンはパー。


一瞬の沈黙。


「やったー!!」


クラリスは両手を上げて飛び跳ねた。


――が、ぴたりと止まり、勢いよくシュヴァンを振り返る。


「グーを出すと言っておいて、出さない作戦!奥深いんだから!じゃんけん!」


満面の笑みが、月明かりに浮かぶ。


その瞬間、シュヴァンはわずかに息を呑んだ。


一瞬だけ、視線を逸らす。


「……そうだね……」


ようやく口から出たその言葉は、わずかに震えていた。


「見事だった……」


「でしょ!シュヴァンの負け!」


クラリスが胸を張る。


シュヴァンは顔を伏せ、そのまま両膝に額を預けた。


「シ、シュヴァン……?」


クラリスがそっと声をかける。


その肩は、小さく震えていた。


(え、な、泣いてない……よね!?あまりに不敬で……!?)


クラリスの指までも震え始めた時。


「……っふふ……」


顔を上げたシュヴァンは、笑っていた。


「負けだと言われたのは初めてだよ」


何度も見たはずのその笑顔が――


どこか、違った。


クラリスの頬に、じわりと熱が広がる。


(だ、だめだだめだ考えるな、意識するな……!!)


クラリスが両頬をパチンと叩いたその時だった。


バン!!


扉が激しく開く。


踏み込んでくる影。


「クラ!!兄上!!」


「ルスカ!」


飛び込んできたのはルスカだった。

背後には何人もの兵士たち。


息を切らし、右手には鞘から抜かれた剣を持つ。

狭い部屋の中を見回すと、クラリスに目を止めた。


「クラ!怪我はないか!」


すぐさまクラリスの前にしゃがみ、肩に手を置くと、頭から足先まで目を走らせる。


「う、うん、大丈夫!ルスカが助けに来てくれたんだ」


クラリスが力が抜けたようにへら、と笑うが、ルスカはクラリスの顔に視線を止める。


そして、そっと片手を上げた。

いまにも頬に触れそうな位置で。


シュヴァンはそれをじっと見つめた。


「……顔、怪我したのか?」


小首をかしげるルスカは頬を指差す。


「……あ、ああ!これは自傷!!」


「なにしてるんだ?お前は……」


ルスカはほっとしたように息をつくと、剣を納めてシュヴァンの方を向く。

シュヴァンはぼーっとクラリスを眺めていた。


(……?)


ルスカは眉を寄せながら口を開く。


「……兄上、お怪我は、ありませんか」


その問いに、シュヴァンははっと我に帰った。


「あ、ああ……問題ない。手を煩わせたね」


「いいえ。……一体なにが?部屋の外には誰もおりませんでした」


ルスカは二人のいた部屋を見回す。


「……えっと、その……気づいたらここにいて、シュヴァンとじゃんけんしてたらルスカきてさ」


「シ……!?ク、クラおまえ」


ルスカは目をまん丸に見開く。

が、シュヴァンは面白い悪戯をしている子供のように微笑む。


「あ!もうやめた方がいい?これ」


「いや……」


シュヴァンはクラリスに向き直ると、真っ直ぐ見つめる。


「構わない」


シュヴァンは立ち上がる。


一瞬、迷うように手を浮かせて――


クラリスに差し出した。


クラリスはその手を取ると立ち上がり、大きく背伸びをした。


「さあ、行こうか。もう夜も更けているようだ」


「うん」


シュヴァンが部屋を出ると、クラリスもその後に続く。


(兄上……?)


部屋に残されたルスカは、二人の背を見ながら、ただただその場に立ち尽くしていた。


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