ある雨の日
それはとある雨の日。
朝からざあざあと降り続く雨は、人が家から出る気力をどうやら削ぐらしい。
その日、診療所は珍しく朝から患者の気配がなかった。
「良い日だな〜」
ぽつりとクラリスがこぼす。
ぐでんと机に伸びきったクラリスは、頬を緩ませていた。
「前世ならさ、こんな時に退院サマリーとか書かなきゃいけなくて大変だったけどさ。ここはないからいいよね」
「退院サマリー?なにそれ?」
ヴィルはカップを片手にクラリスの隣に腰掛ける。
「それはね……時限爆弾付きレポートなんだよ……診断名とか入院中何の処置したかとか書くの。時限過ぎたら……」
「過ぎたら……?」
ヴィルがごくりと喉を鳴らす。
「部長からとんでもないお怒りがくる。ありがたい説法つき」
「どうせお前は書いていなかったんだろう」
部屋の端から飛ぶルスカの声。
呆れたようにため息が混じる。
「書いてたと思う?わたしだよ?」
「胸を張るな」
「部長、最後は『俺の時間を奪っている自覚はあるのか』とかいってたよね。わたしのこと好きなんだよ多分」
「どういう前向きさなんだそれは」
ルスカはぱたんと本を閉じ、立ち上がるとクラリスの前に腰掛ける。
「ねえ、なんか旅行とか行きたくない?」
「唐突だな」
「いいね〜、クラはどこ行きたいの?」
ヴィルはクラリスの髪についた紙屑を払う。
「わたしね、海行きたいの」
「泳げるのか?」
ルスカは興味を持ったのか、意外だと言いたげにクラリスの方を向く。
「泳がないよ?疲れるじゃん」
クラリスはケラケラと笑う。
ルスカは眉を寄せ、ヴィルと目を見合わせた。
「なにしにいくの?」
「あのね、ぼーっとするの。それで、砂浜歩いて、なんか昆布みたいなの拾う。そして死んでるくらげをツンツンするの」
「楽しいの?それ」
ヴィルはくすくすと笑う。
「楽しいよ!それでさ、なんか貝とか拾って、遠くに投げたいな〜」
「クラ、投げるのうまそうだよね」
「そうでしょ?」
クラリスはヴィルににやりと笑った。
「ちなみに川の石投げもうまいよ」
「……石投げ?なんだそれは」
ルスカはまたも眉を寄せる。
「しらない?平らな石をシュッと横向きに投げると、石が水面を跳ねるんだよ。普通の人はせいぜい2、3回。でもわたしはね……」
クラリスは二人をゆっくり見回す。
その時、稲光が白く光った。
「川の向こうに到達できる」
「うそだぁ〜」
ヴィルは笑いながらカップに口をつけた。
「ほんとだってば!」
ムキになって身体を起こすクラリスに、ヴィルは視線を動かす。
その目は優しい。
「いいよ、じゃあ今から行こ!見せてあげる!」
クラリスが立ち上がったその時。
ゴロゴロゴロゴロ……
どこかで雷が鳴る。
「……水路は増水してるし、また今度だな」
ルスカは小さくため息をつくと窓を見た。
空は暗く、雨足はさらに強まっていた。
窓ガラスを叩く音がパチパチと響く。
「あーあ。早く雨、やまないかなぁ……」
クラリスは肘をついて、唇を尖らせた。




