カエルの夕食
「あ〜やっと終わったね……」
クラリスは白衣のままぐでんとソファに倒れ込んだ。
ルスカは手に持っていた本を丁寧に机の上に置く。
診療所に他のメンバーの姿はなく、静かだった。
「今日は忙しかったな」
「ほんとにね!!途中からカルテの文字がみみずだったよ」
「おまえ、たまにそうなってるが、引き継ぐ時本当に読めないんだぞ」
「自分でも読めない時あるからね」
けらけらと笑うクラリスに、ルスカは小さくため息をついた――そのとき。
ぐぅ……。
ソファに寝転ぶクラリスの腹が鳴る。
「……今日は、昼食がとれなかったからな。クラ、夜は」
「ルスカ」
遮るように呼ばれ、ルスカは顔を向ける。
クラリスは神妙な顔でこちらを見ていた。
「……ルスカ、あのさ……」
いつにない様子に、思わず息を呑む。
クラリスは一度目を伏せ、決心したように顔を上げた。
「カエルって食べられるらしい」
「……」
ルスカはがくりと肩を落とす。
「おまえな……」
「しかもおいしいらしい。ねえ、知ってる?あの3ブロック先のオレンジの屋根の店」
立ち上がり、にこにこと近づいてくるクラリス。
ルスカは眉を寄せた。
「クラ、おまえは……まさか俺をカエル食に誘っているつもりなのか?」
「ねえ〜行こうよ、お腹空いたじゃん。昼も食べられなかったし、空腹は最高の調味料って」
「お前、最初から味を疑っているじゃないか。空腹で誤魔化そうとするな」
くるりと背を向けるルスカの白衣を、クラリスが掴む。
「この前ゴミ出し変わってあげたでしょ!?」
「あれは、その前にお前が寝坊した時の分だろ!」
手を払おうとするが、がっちり掴まれて離れない。
「お腹空いた」
見つめ合う二人。
ルスカは天を仰ぎ――そして、はっと息をついた。
「わかった。わかったクラ。だが、カエルは今度にしよう。ヴィルが今日はシチューを煮込むと言っていた」
「えっ!?ヴィルのシチュー?やった!」
ぱっと手が離れる。
その顔は満面の笑みだった。
ルスカは小さく笑い、白衣を脱いでハンガーにかける。
「行くぞ。もう遅くなった」
「がんばってよかった〜おいしいんだよね、ヴィルのシチュー」
うきうきと後を追いかけようとして――
「あっ」
クラリスが足を止めた。
嫌な予感に、ルスカはゆっくり振り返る。
顎に手を当て、真剣な顔でこちらを見上げている。
「カエルテイクアウトできるらしい」
「……」
ルスカは、今度こそ天を仰いだ。
「いただきまーす」
ヴィルの実家の宿屋。
食堂の片隅で、三人はテーブルを囲んでいた。
シチューとサラダ、パン。
そして――大皿に並ぶカエルの足。
「ん〜!おいしい!外来で疲れた身体にしみるよ、高野豆腐みたいに!!」
「またわけわかんないこと言ってる……」
ヴィルが苦笑しながら、フォークでカエルの足をつつく。
「もー、なんでカエルなの?これあの店?」
「そうそう!おいしいらしいよ!ね、食べてみて!ルスカ!」
「お前、言い出した奴がまず試すべきだろう……」
ルスカはため息混じりに皿を見る。
「これ大腿だよね?脛骨っぽくない?」
「やめろ解剖するな」
しばらく見つめたあと――顔を上げる。
そこには期待に満ちたクラリスの目。
「ルスカ、無理しなくても……」
心配そうなヴィルの声。
だが、
「いや、いい」
フォークで肉を外し、ゆっくりと口へ運ぶ。
「!どう?どう?」
目を輝かせるクラリスと心配そうに見守るヴィル。
(初めての経験だな)
口元をナフキンで隠し、静かに咀嚼する。
――城での食事がよぎる。
長いテーブル。
一人。
並ぶ料理。
背後に立つ人間たち。
(誰かに感想を求められることなど、なかった)
ごくり、と喉を通る。
ほんの一瞬、言葉が出なかった。
淡白な味は前に食べた何かに似ているようなのに、それを思い出すことはできなかった。
「どう!?両生類の、大腿四頭筋!!」
「……まあ、悪くはないな」
口元をナフキンでぬぐうルスカに、クラリスとヴィルは顔を見合わせた。
「やっぱりおいしいんだ!カエル!!食べよ、ヴィル!」
「えぇ〜やだなぁ〜……」
渋りながらヴィルも口に運ぶ。
「ほんとだ、結構おいしい〜!」
はしゃぐクラリス。
(食事って、楽しいんだな……)
誰かと食べる、ただそれだけで。
ルスカはグラスで口元を隠し、そっと笑った。
が。
「あ!次はサソリだから!あの時計台の横の店で出るらしいけど!」
ルスカとヴィルは顔を見合わせ――
そして、同時にため息をついた。




