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ミュラー先生の結婚活動



それは、ある晴れた日の朝。


ミュラー診療所の窓にも朝の光が差し込み、研究室と化した休憩室を明るく照らしている。


「ふわぁ~……ねむたい……」


クラリスがぐでんと机にその身を預ける。

アニはさっと机の上の書類を引き、本を読んでいたルスカはちらりと視線を動かし、またすぐ戻る。


ヴィルは、クラリスの隣に腰掛けた。


「も~、また夜更かししたの?」

「だってさぁ、おかあさんが昨晩さ…」


その時だった。


バァン、とドアが開いた。


白衣を翻し、ミュラーが仁王立ちしていた。


「今日は緊急カンファレンスをする」


切羽詰まったような声と共に、ミュラーが足音荒く入室する。

これまで見たことがないそのあまりの迫力に、ルスカは本を閉じ、クラリスですら背筋を伸ばす。


「テーマはな……」


ごくり。

誰かが喉を鳴らした音が響く。


「俺の、婚活についてだ」


一瞬の沈黙。


クラリスは再びふにゃりと机に伸び、ルスカは本を開いた。

アニのついたため息がひときわ大きく響く。


「なんですかそれ……なにごとかとおもいましたよ」


ヴィルでさえカップに口をつける。


「おい!!おまえら、俺は真剣なんだぞ!!俺が何度婚活したと思ってんだ!!全敗なんだぞ!!」


ミュラーは髪をかきむしる。


「俺の何が悪いんだ?なあ、若い目から見て教えてくれよ」


「うーん……条件は悪くないはずですけどね……」


ヴィルの一言に、皆の視線がミュラーに集まる。


「医者だし……タバコやめたし……腕は超一流だし……」


ヴィルが首を傾げるが。


「口悪いからじゃない?」


さらっとアニ。


「多額債務者だしな」


ルスカに、


「髭がだらしない」


クラリスまで。


「アニとクラリスにはいわれたくねえ!!口悪いのもだらしないのも、お前らもだろうが!!」


ミュラーは荒々しくカップをつかむと、ぐいと飲み干し椅子に座る。


「今度お見合い決まったんだ。なあ、俺はどうしたらいいんだよ。クラリス、お前一応女だろ?おれは何を聞いたらいいんだよ」


クラリスはにやりと笑うと、真っ直ぐミュラーを見つめた。


「そうですねぇ……既往歴は外せませんよ。あと家族歴も。腸内細菌の相性もありますから、排便環境もですかね?将来の生活を考えるなら生活習慣病リスクも把握したいですね。遺伝的素因とか」


「俺は結婚したいんだ!!健康診断じゃねぇ!!」


ミュラーが頭を抱えたその時。


「……趣味や、休日の過ごし方は定番ではないですか?」


ルスカが本から目を離さずに口を開く。


「そうだよね、あとは食の好みとか?結婚するなら大事だよね」


ヴィルがにこにこと人差し指をあげる。


「好きな場所とか行きたい旅行先とかも無難じゃない?誰でも何かはあるでしょ」


片肘をついたアニが視線を逸らしながら答える。


「おい、お前ら……俺にはお前らしかいないよ」


目を潤ませたミュラーは1番近くに座っていたアニの肩を激しく揺らした。


「ちょ……っ、や、やめてよ!!」


「先生、全敗って言ってましたよね?前回はどうだったんですか?」


ヴィルの言葉に、ミュラーは手を止める。


「あー……聞かれることに答えて、沈黙を楽しんでたら相手が怒って帰っちまった」


「何分?」


「三十分くらいか?」


はぁ……と誰かのため息が大きく響く。


「沈黙を楽しめるのも大事な相性だろうが!!」


「それはそうですよ先生!」


クラリスが力強く肯定するが、


「見知った相手ならね」


ぼそりとアニが言い、二人は口を紡ぐ。

ヴィルはまあまあとアニに合図をすると、口を開く。


「先生は聞かれたことにだけ答えてたんですよね?」


しずかに頷く。


「お相手の方は、自分に興味がないと思ったのかもしれませんね。あとは、沈黙を楽しむ感覚を、相手と共有できていなかったのかもしれません」


「むずすぎだろ……婚活……」


ミュラーはがくりと肩を落とす。


「……ちなみに服装は?」


ルスカがちらと視線を上げてミュラーをみる。


「いつものこれだよ」


「え、全然悪くないですよ!」


「だろ?お前はわかってるなクラリス」


得意げに胸を張るミュラーと、拍手をするクラリス。


(いやいやいや……)


三人の思考は一致していた。


しわだらけのシャツ、よれよれのズボン、薄汚れた白衣。


「……ちなみにどこで面会を?」


ルスカの低い声に、ミュラーはびくりと肩を揺らす。


「……ここだけど。俺の自慢の城だぜ?」


「最高じゃないですか!先生ここにいる時が一番輝いてますから!!」


「だろ?」


再び胸を張るミュラー。

親指を立てるクラリス。


男三人は頭を抱えた。


ルスカはぱたんと本を閉じる。


「……先生、洗濯とアイロンは相手に対する最低限の礼儀です。相手とて、先生に会うために用意してきているのですよ」


「それに、ここは職場としてはいいけどさ。女性と会うための雰囲気としては最低だよ。せっかくおしゃれしてきて、ここに連れてこられるなんて可哀想。時間の無駄」


二人のあまりのいいように、ミュラーは固まる。


「え!?でも白衣も診療所もよくない!?」

「クラは少し黙って」


クラリスもしゅんと椅子に座る。


ヴィルはあたふたとやりとりを見守っていたが、咳払いを一つし、ミュラーの肩を叩いた。


「次のお見合いはいつですか?僕たち、協力しますから!」


ミュラーは深く頷いた。

まるで戦場に向かう兵士のような顔で。










そして当日。


アニ紹介の高級レストランの一角で、ミュラーはフォークを口に運んでいた。


しわひとつないシャツに、かっちりとしたジャケット。

髪は整えられ、靴もランプの光を反射している。


そして、柱を挟んで後ろのテーブルには、クラリスとアニの姿。


「大丈夫かな……」


アニがぽつりと漏らす。


「え?なにが?」


目の前でうまいうまいと肉を頬張るクラリスを見てアニはため息ひとつ。


「人選だよ」


『おい頼むよ!!クラリスその日オフだろ!?アニも研究休んでさ!!ついてきて俺に即ダメだししてくれ!!奢るから!!』


半ば泣きながらそう言われ、仕方なくついてきたアニだったのだ。


(奢りなんかどうでもいいけど……よりによってクラリス……まあでも、いまのところは……)


アニは背後のミュラーの背中をちらりと振り返る。

ミュラーは事前に言われたとおり話を振り、なんとか無難に話は続いているようだった。


その時だった。


「それで……先生は、どうしてこの歳までおひとりなんですか?」


相手の女性が穏やかに問う。

アニは静かに視線を上げた。


「俺は……軍医でした」


ミュラーの声は、普段より落ち着いていた。

だが、どこか寂しさを纏っているようだった。


「好いた女もいましたが、戦争終わって帰った頃には子供抱いてまして。……別の男の横で、幸せそうでしたよ」


大切な宝箱を、そっと開けるように。


「それからは診療所の立ち上げもあって忙しくて。やっと余裕ができてきて、気づいたらこのザマです。……いやはや、恥ずかしい」


ミュラーは気恥ずかしそうに笑う。

コーヒーカップを持ち上げかけて、ふと止まった。

黒い液面に映る自分の顔を、ほんの一瞬だけ見つめる。


「……そちらは?」


ミュラーが顔を上げると、女性は瞳を滲ませていた。


「わたし……わたしの元夫は軍人でした。戦争で……でも、ずっと……忘れられないんです」


ぽろりと涙が落ちる。

ミュラーはポケットを探るがハンカチがない。

テーブルの上のナフキンを慌てて差し出す。


「ごめんなさい。今回のお見合いは、私の親が、どうしても医者と結婚してくれと言うから受けたんです。……お金が、欲しいんだと思います。本当に、ごめんなさい」


女性はナフキンで涙を拭う。

ミュラーはしばらく黙っていたが、やがて、ふっと笑みを浮かべた。


「……無理、しなくていいんじゃないんですか。幸せモンですよ、旦那さん」


女性は何度か瞬きをし、静かに頷いた。






それから、デザートも、コーヒーも終わり。


「ねえ……アニおすすめのこの店めちゃくちゃおいしかったよ……わたし半年は頑張れるわ……」


「今日来た目的覚えてる?」


店の前で、うっとりと頬を抑えるクラリスに、アニはため息をついた。


あのあと、ミュラーと女性は言葉数も少なく、第三者的には"気まずいまま"食事を終えたのだ。


(まあ……あの調子じゃあ……)


アニが夕空を見上げた時。


カランとドアの鐘が鳴り、ミュラーと女性が出てくる。

互いに軽く手を振ると、女性は去っていった。


「先生、どうでした!?わたしよく聞こえなかったけど、なんかいい感じじゃなかったですか!?」


ご満悦なクラリスがミュラーを見上げる。

ミュラーは髭をぽりぽりと掻くと、困ったように笑った。


「おう、いい女だったぞ」


ほんの一瞬だけ、目が遠くなる。


「だがダメだった!ま、こんなこともあるわな!」


アニとクラリスの肩をがしりと抱く。


「おい!お前ら暇だろ!俺の飲み直しに付き合え!」


「え、いま散々飲み食いしませんでした!?」


クラリスは膨れたお腹をさする。


「味がしなかったんだよ!いくぞ!そこに安くてうまい店あるから!!油まみれの床と、きたねえグラスのいい店だ!」


「えーっ!!」「僕高位貴族なんだけど!?」


クラリスとアニは抗議の声を上げつつも、引きずられていく。


けれど二人は、どこかすっきりしたようなミュラーの笑顔に、顔を見合わせ、歩き始めた。




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