表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/88

38話 継がれる炎


一方、診療所。


ようやく上がった雨の名残を拭うように、クラリスは張り付いた前髪を払いのけた。


魔法陣による治療は、順調に進んでいる。

……残り枚数を、除いては。


「クラリス。残りはわずかだ。……ルスカも戻らん」


ミュラーが低く言う。


その視線の先には、咳を押さえながら列を成す人々。


「……やむを得ん。重症以外は治療を中断すべきだ」


苦々しい判断。


クラリスは奥歯を噛み締め、思わずミュラーの胸元を掴んだ。


「でも!!いま軽い症状の人だって、いつ重症化するかなんてわからないんですよ!未知の物質だし、治療介入は早いほどいいはずです!!」


「そうはいっても、ないものはねぇんだ!」


ミュラーの声が鋭くなる。


「死にそうなやつから助ける!軍の基本だ!」


クラリスははっと息を呑む。


(それは……そうだ)


ゆっくりと手を離す。


ミュラーは短く息を吐き、ぽん、とクラリスの頭を軽く叩いた。


「お前の気持ちはわかる。だが、選択はしなきゃならん」


クラリスの胸の奥で鼓動が強くなる。



 

そのとき。


「開けてーっ!!道を開けて!!」


列の外から怒鳴り声が飛び込んだ。


「怪我人だ!!子供がやられた!!」


人混みが割れ、子供を抱えた父親が姿を現す。

頭はタオルで覆われ、その布はどす黒い赤に染まっていた。


クラリスとミュラーは一瞬視線を交わし、すぐに駆け寄る。


「柱が倒れてきたんだ!頭に当たって…!!助けてやってくれ、まだ七歳なんだ!!」


父の声を背に、ミュラーは子供を抱き取り、診療台へ運ぶ。


「ぼく、わかるかな?お名前いえるかな?」


クラリスが目線を合わせる。

子供はかすかに瞼を持ち上げた。


「……マルコだよ」


「ここ、どこかわかる?先生の手、握れる?」


小さな指が、弱くクラリスの手を握る。


ミュラーが低く言う。


「頭部直撃だな。他は大きな外傷はなさそうだが……ヴィルの透視が要る。問題は頭だ」


固まったタオルを、慎重に剥がす。


その瞬間。


血がどくん、と噴き上がった。


一直線に吹き出す赤。

頬に温い飛沫がかかる。


「……っ!!」


慌てて圧迫する。

だが布は瞬く間に鮮やかな赤へ変わり、鉄の匂いが室内に満ちる。


「もう一度……出血源を……」


ゆっくりと圧迫を緩める。


しかし。


「ぐちゃぐちゃだな……出血点が多すぎる。これじゃ特定できねぇ」


ミュラーが眉を寄せる。

クラリスは圧迫する手に力を込めた。


「くそ……とりあえず圧迫するしかない……当てずっぽうで針糸をかけてみますか……?くそ、こんなとき、焼けたらな……」


クラリスが頬の血を拭った、そのとき。


「焼くって、普通に焼くってことか?」


低い声が背後から落ちた。


振り向くと、小太りの男が腕を組んで立っている。


「……おい、なんでお前がここにいる。関係者以外立ち入り禁止だ」


ミュラーが睨む。


アレンは肩をすくめた。


「功労者だろ?それより、焼けるやつ知ってる。連れてくるか?」


クラリスは一瞬ためらい、ミュラーと目を合わせる。


それから、強く頷いた。


「……お願い」


数分後。


ばたばたと足音が近づき、診療所の扉が開く。


現れたのは――


「お、お父さん!?」


「クラリス!無事だったんだな」


安堵に胸を撫で下ろす父と、その背後に立つ母。

思わず、クラリスの声が裏返る。


「お前の父ちゃん、指の温度変えられるだろ。焼けんじゃねーの?」


アレンの一言に、父はなぜかやや縮こまりながら頷いた。


視線が一斉に父へ向く。


「……それだ!」


クラリスの目が見開かれる。


「肉屋のアレン……ほんと意外にいいやつ……!」


ぐい、と父の手を引き寄せる。


「お父さん、いまからこの子の出血を止めたいの。人差し指、温度を上げられる?」


「よ、よくわからんが……可愛い娘のためなら、お父さんやるぞ!頼られるのは初めてだしな!」


どこか誇らしげに父がクラリスの横に座る。

ミュラーは素早く子供に鎮痛の魔法をかけた。


「ここ。ここも。……あとここ」


じゅっ、と焼ける音。

焦げた匂いが立ちのぼる。

出血がみるみるうちに止まっていく。


「……たいしたもんだな」


「お父さん、すごいよ!!」


縫合を終え、笑顔で顔を上げたクラリス。


「……お父さんは初めて人の怪我なんて見てちょっと……気分が……」


対照的に父は真っ青な顔で弱々しく笑ってふらりと立ち上がった。



クラリスはミュラーと顔を見合わせ、深く頷く。


「これも魔法陣化すれば、外傷だって対応できる。きっと、なんとかなる!」


クラリスの瞳に光が輝いた、そのとき。


バァン!!


診療所の扉が勢いよく開いた。


「クラリス先生!!ミュラー先生!!」


ハンナの声。


「外、来てください!!すごいことが……!」


クラリスとミュラーは顔を見合わせ、駆け出す。


視界に飛び込んできたのは――


ルスカとカレル。


二人とも、大きな袋を抱えている。


「魔石だ!城の宝物庫から持ってきた!」


「ルスカ……!」


「第二陣も来る!もう不足の心配はない!」


その言葉に、クラリスの視界がにじむ。

慌てて袖で拭った。


そして、振り返る。


待つ人々へ、声を張る。


「みんな!!魔石が来たよ!!全員、必ず治療できるからね!!」


歓声が広がる。


雨の上がった城下町。

日が落ち始め、治療を終えた人々が松明に火を灯す。


これまで煌々と街を照らしていた城の明かりは静かに沈み、診療所の松明だけが、夜を切り裂くように燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ