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37話 炎が灯る



「魔石を運び出せ!まずは宝物庫からだ!足りなくなれば嗜好品だ!」


飛び交う怒号の中、ルスカの声が鋭く城内を貫いた。


「貴族たちにも供出を命じろ!船の魔石は外すな、運搬に使え!急げ!」


兵たちが一斉に動き出す。


重い宝物庫の扉が開き、厳重に保管されていた魔石が次々と抱え出される。

両腕でかかえる兵の腕は震え、ひとつ落としかけた若い兵が青ざめる。



やがて、城ではいつも柔らかく流れていた旋律が、ふっと途切れた。


静寂。


雨上がりの湿気が、むわりと廊下にこもる。


掃除用の魔石棒を握っていたメイドは、それがただの棒になったことを悟り、静かに箒へ持ち替えた。


王のもとへ運ばれる飲み物からは氷が消え、料理場では火打石の音が、乾いた音を立て、久方ぶりに竈へ火が入る。


そして、夕焼けの光の中、廊下の照明が、ひとつ、またひとつと落ちていく。


柔らかな光は消え、代わりに兵が松明を掲げた。


魔法が消え、人の手が動き始める。


(……間に合っていろ)


兵たちが続々と魔石を運び出す光景を見つめながら、ルスカは奥歯を噛み締める。


(クラリス……)


胸の奥が、静かに焦げる。


そのとき。


ふわりと風が吹き、髪を揺らす。

鼻腔をくすぐる、鉄のような匂い。


ルスカが顔を向けた先には。


「やあ、ルスカ」


シュヴァンがにこやかに手を上げていた。


髪は血で固まり、服も靴もところどころ赤く染まり、マントさえ一部が裂けている。


それでも、いつもと同じ微笑み。


けれど、咳が止まらない。


背後にはカレルが小さく礼をしていた。


「あ、兄上!」


ルスカは目を見開く。


(吸っている。当然だ、一番近くで討伐を……!)


迷いなく懐から魔法陣をとりだし発動させる。


「お怪我は……!?」


浮かび上がる大量の紫の粒子。

シュヴァンは首を横に振る。


「……完成、したんだね」


シュヴァンは咳が止まらない様子だったが、合間合間に微笑みを崩さない。


ルスカはすぐに消去の魔法陣を発動させた。

光の収束とともに、シュヴァンは己の喉をそっとなぞった。


ルスカは続けてカレルも治療していく。


「……聞いたよ、ルスカ」


シュヴァンの穏やかな声に、ルスカは目を戻す。


「君の進言の話も、陛下の、賭けの話もね」


いつもの優雅な笑み。


(いつもより違和感がある……討伐直後だ、無理をされて……)


ルスカは息を呑む。


以前魔物討伐後に力を使い果たして倒れたクラリスの姿が頭をよぎった。


だがシュヴァンは、笑みを崩すことなく、その瞳が真っ直ぐにルスカを射抜く。


「ここは僕が。……こんなところにいていいのかい?」


血で固まった髪。

裂けたマント。

それでも微笑む兄。


(やはり、兄上は……)


幼いころ、無条件に憧れていた背中がよみがえる。

胸の奥が、静かにひりつく。



(だが、今の俺だって)



視線を逸らさない。

無意識に、白衣の胸元を握りしめる。


「……ありがとうございます」


深く、礼をした。


一瞬、シュヴァンの瞳が揺れたように見えた。

だが、ルスカが顔を上げたときには、すでに穏やかな光をたたえている。


ルスカは魔法陣の束を控えの兵へ差し出す。


「これを、咳の出ている兵に。順に使用してください」


シュヴァンは静かに頷き、カレルへ視線を送る。


「カレルも連れて行くといい。外傷の手当てに必要だろう」


「はい。……では、行ってまいります」


ルスカは踵を返し、駆け出す。

カレルも、その後を追う。


シュヴァンはその姿を見送ると、小さく息を吐いた。

そして、片手を上げる。


「……さあ、我が勇敢なる兵士たちよ」


血の跡を残したまま、微笑む。


「力をふりしぼって、立ちあがろうではないか。

きみたちの……愛する者のために」


兵たちの声が、重なり合って広間に響いた。


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