36話 身命を賭して
「ルスカ・パストリア、医師として、恐れながら、進言いたします!」
その眼差しが、まっすぐに王を射抜く。
「端的に申し上げます!城の魔石を、下賜していただきたいのです!全てを、速やかに!」
一瞬の沈黙。
控えの兵が息を呑む。
「なっ……!!」
王は搾り出すように声を出す。
「おまえ、いきなり、なにを……!!すべて、だと……!!」
ぎり、と拳が鳴る。
「その意味が、わかっているのか!!」
怒声が広間を震わせる。
だが、ルスカは目を逸らさない。
「魔石は民には隠されてきた!!その希少性と、有益性ゆえだ!!」
王の視線が、室内を巡る。
作動中の魔石が、この部屋でもその力を発揮している。
照明。空気清浄。温度と湿度の調整。
さらには、心を鎮める音楽まで。
「王権の象徴なのだぞ!!何代もの王が、命を賭して守ってきたものだ!!それを……っ!!」
咳が言葉を断ち切る。
王妃が、静かに顔を上げた。
「王よ。ルスカにも理由がありましょう。
わけもなく、このような進言はいたしますまい」
視線を受け、ルスカは小さく頷く。
立ち上がり、玉座の前へ進み出る。
懐から、魔法陣の紙を取り出した。
「なんだそれは……魔法陣……?だが、魔石なくては……?」
眉を寄せ、咳の合間に声を搾り出す王の前にルスカは紙をかざし、発動させる。
「なっ……なんだこれは……!」
王の目が、わずかに見開かれる。
魔法陣の上にはあの紫の粒子が"顕現"されている。
「魔物の攻撃によるものです。気道と肺を侵し、窒息させます」
そしてルスカは、もう一枚の魔法陣の紙をかざした。
王を光が包み込み、やがておさまる。
「……息苦しさが、消えた……!!」
王は喉元を押さえた。
王妃も、わずかに目を見開く。
「これは診療所のクラリス医師と、アーベント家子息、アニがかねてより開発していたものです。魔石を溶かし、魔法陣を描くことで、効果を発動します」
「ま、真か、そのような……」
動揺の滲む王の声を、ルスカは静かに遮る。
「しかし、発動は三回のみ。被害は首都のみならず、国中に及んでおります。魔石が、足りません」
しん、と広間が静まり返る。
「……確か、なのですか」
王妃の問いに、ルスカは力強く頷いた。
「であれば……」
「しかし!!」
王が言葉を断ち切る。
「魔石は、民の目から隠してきた。その存在が明るみに出れば、王家も貴族も、信頼を失うやもしれん! 悪用する者が現れぬ保証はない! 反乱を起こす者が出ぬとも限らぬ!」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
「お前は知らぬのだ、あの反乱を……!! 国が、民が、秩序が崩れたあの夜を……!血で濡れた石畳を……!!」
広間の空気が重く沈む。
「すべてを失うやもしれぬのだぞ!!」
その怒気に、兵たちは息を詰めた。
指一本動かすこともできずに。
その時だった。
「陛下」
凛とした声が、静寂を切り裂いた。
フィーリアだった。
王の背に立ち、まっすぐに言葉を紡ぐ。
「土なき場所に、花は咲き続けられません」
王が、ゆっくりと振り返る。
「民なき国など、ありましょうか」
幼さの残る顔に宿るのは、揺るがぬ理。
王妃はゆっくりと目を伏せ、わずかに口角を上げた。
広間に、再び沈黙が落ちる。
王は拳を強く握る。
指先が白くなる。
何かを言おうとし、言葉を飲み込む。
ルスカは膝をつき、
「陛下。御決断を」
深く頭を垂れた。
長い、長い沈黙。
やがて王は、静かに息を吐く。
「……いいだろう」
その声は低く、しかし確かだった。
「ルスカ・パストリア。お前に、城の魔石すべてを託す」
広間がどよめく。
王は続ける。
「だが忘れるな。これは王の賭けだ。お前の覚悟を、見せよ」
ルスカは顔を上げる。
その瞳に、迷いはない。
「医師として――身命を賭して、やり遂げてみせます」




