34話 町が立つ
もはや魔法陣の紙を持たないクラリスとミュラーを、なおも大勢の人々が取り囲んでいた。
「おい!! さっさと診てくれよ!! 咳が止まらねぇんだ!!」
怒声を皮切りに、人波がざわりと揺れる。
「どうします、魔法で治療を……!」
「だめだ!」
ミュラーは即座に遮った。
「お前が倒れたら、本当に終わる」
「でも……っ!!」
そのとき、声とともに人混みがすっと割れた。
ハンナだった。
「先生たち!アニが描いてくれたよ!ほら!」
数枚の紙を二人に手渡す。
「よし!やるぞ!ぼうず、お前から来い!」
ミュラーが顕現、クラリスが消去。
陽性の子どもが、次々と回される。
だが。
「こんな枚数じゃ、またすぐになくなっちゃう……!」
「くそ、何かないのか……!」
焦りが滲んだその瞬間。
「おい、お前パン屋のクラリスだろ」
「え?」
懐かしい呼び名に顔を上げる。
子供の背後にいたのは……
「……だれ?」
「失礼なやつだな!肉屋のアレンだよ!!学校一緒だっただろうが!!」
肉屋のアレン。
聞いたことのある単語に、クラリスは記憶を辿る。
『げーっ! パン屋のクラリス、こいつ変態だーっ!』
昔のように太ったまま、声だけが低くなったかのような男。
「あっ!!あのいじめデブか!!」
「相変わらず失礼なやつだな!!」
ぶつぶつと文句を言うアレンだったが、クラリスの手元の魔法陣の紙を指差す。
「それ、足りないのかよ」
「そうだけど……」
「写せばいいだけなのか?」
こくり、と頷く。
「なら、いいやつ知ってる」
アレンは人混みに消えたかと思うと、すぐに一人の青年の手首を引いて戻ってきた。
「こいつ、みたものをハンコ化できる能力あるぞ」
クラリスはぽかんと口を開け、瞬きを五回。
「……それだよ!!!」
ばっと立ち上がると、アレンの手を取った。
「いじめデブなんていってごめん!!ありがとう肉屋のアレン!!ミュラー先生!少し離れます!!」
クラリスはハンコ青年の手を取ると、一目散に診療所のほうへと駆けていく。
が、一度足を止めると振り返った。
「昔は消してやるだなんて思ってごめんね!!」
「さっさといけ!!」
クラリスたちを雨が打つ。
けれど、
(わたし一人じゃない!この町が、一緒に戦ってくれる!)
雲の裂け目から、わずかな光が差しはじめていた。
それからは、あっという間だった。
ハンコ化された魔法陣を、魔石を溶かしたインクに浸し、押す。
押す。
押す。
あっという間に魔法陣の紙が積み重なっていく。
「ほんとに大丈夫なの?インク掠れたりしないの?」
初めは疑いの目を向けていたアニだったが、出来上がった魔法陣を見て、口を閉じざるを得なかった。
「おれはこれで飯食ってるからな!」
「神……!!」
胸を張る彼に、クラリスは後光すら差して見えた。
「あたし達も手伝うよ!」
「紙に押していけばいいんだろ!?」
治癒した患者たちの中からも、支援を申し出る者も現れた。
紙を切る肉屋。
ハンコを押す銀行屋。
魔法陣をかざして乾かす子供たち。
それを丁寧に積み上げていく老婆。
次々と魔法陣の紙が量産されていく。
そのうえ。
「あの……僕たち、マルコ診療所の者です!!よかったら、手伝います!!」
王の脳内放送を聞いていた近隣の診療所からも人手が集まり始めたのだ。
その中には、以前は手酷く追い出された診療所のスタッフの姿さえあった。
クラリスやミュラーが魔法陣の説明を終えると、彼らはすぐさま四方に分かれ、患者たちも分散し、手際良く診療を終えていく。
「すごい、すごいよ……!!」
雨が止み始める。
クラリスは雨で張り付いた前髪を拭いながら、ようやく笑みが溢れた。
捌いても、捌いても、患者の列は消えない。
むしろ、列は伸び、増えているようですらある。
それでも。
「ありがとう!」
さっきまでは話すのも苦しそうだった子供が、笑顔で帰っていく。
クラリスは強く拳を握った。
「これなら……首都全部だって、救える!!」
だが、その時。
クラリスの手首がぐいと引かれる。
アニだった。
青ざめた顔で、眉を顰めていた。
「クラ……魔石が……もうない……!!」
一瞬。
世界が、静かになる。
クラリスの手にもつ魔法陣の紙が、濡れた石畳の上にはらりと落ちた。




