32話 雨に立つ
数えきれないほどの人が扉の前に押し寄せている。
クラリスは治したばかりの男性の横にぺたんとお尻をついた。
(それはそうだよね、王様のあんな放送があったら……)
頭では理解していた。
けれど、どうしても指先の震えが止まらない。
「あ……ま、まずは……」
立ち上がろうと、床に手をつく。
だが、力が入らず、膝が言うことをきかなかった。
そのときだった。
ルスカとヴィル、ミュラーが入口の方へ歩き出す。
「まったく、人気になりすぎて待合室が足りんな。拡張するか」
「……ミュラー先生、既にローン地獄って言ってませんでした?」
「……ヴィル、ルスカ、お前らも一緒にローンくも?な?」
「嫌です」
軽口を叩きながら前を向く三人の背中は、いつもよりずっと大きく見えた。
ハンナが、そっとクラリスの肩に手を置く。
アニも、すぐそばに立っている。
(……そうだ)
胸の奥で、なにかがほどけた。
(わたし、今回は……一人じゃない)
大きく、深呼吸。
(やる。やれる。わたしは、救急医なんだから)
立ち上がった足は、もう震えていなかった。
クラリスは三人をすり抜け、群衆の前へ出る。
冷たい雨が、容赦なく身体を打った。
人々は、半歩距離を取りながら、クラリスを囲んでいる。
重なる咳の音。
クラリスは、口角をわずかに上げると、思いきり息を吸い込み、
「みなさーーーーん!!!元気ですかーーーー!!!」
ありったけの声で叫んだ。
一瞬の沈黙。
クラリスの背後に立つ三人が、息を呑む気配がする。
が。
「元気なわけ、ねーだろ!!」
誰かの怒鳴り声を皮切りに、群衆から不満と怒号が噴き出した。
「クラ、大丈夫なの……!?」
ヴィルの声が重なった、そのとき。
クラリスは、大きく手を上げる。
「今、文句が言えた人!
返事ができた人は、診療所右の空き地に移動してください!」
雨に負けない声で、続ける。
「移動した人から、順番に診察しまーす!!」
一瞬の戸惑いのあと、群衆が我先にと動き始めた。
「急がなくていいですよー!みんな診ますからねー!」
クラリスが視線を送ると、ハンナが頷き、空き地へ走り群衆を導き始める。
文句を言う人達を宥めながら、空き地に誘導し、やがて、人の流れが落ち着いた。
そこに残ったのは――
喉を押さえ、うずくまったままの、数人。
クラリスは振り返る。
「……この人たちが、重症だよ。まず、この人達から始めよう!」
四人は、無言で視線を交わし――
そして、同時に頷いた。
あれほど鳴り響いていた雷はいつのまにか止み、雲の切れ間から日が差し始めていた。




