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27話 行かないよ




(ま、魔物……!!あんなに、大きな……)


クラリスは目を見開いた。

どこか遠いところから響く、大勢の悲鳴のような叫び声。

魔物は大きく口を開く。



ふーーっ




紫色の煙と共に、なにかが城下町に吐かれた。

はっと我に帰ったシュヴァンが、振り返り叫んだ。


「全員、屋内へ退避!急げ!吸うな!」


そう言いながら、自身もマントを口に当てる。

号令に、兵たちが一斉に城の中へ走っていく。


クラリスは、龍の姿から目を離せずにいた。

龍は息を吐き終えると、くるりと身を回した。

そして、まるで昼寝でもするかのように、その場に座り込む。


「なにぼーっとしてる!走れ!」


カイロンに手を引かれ、引きずられるようにして城の中へと走った。





城の中は混乱に満ちていた。


「あ、あんな魔物はみたことがありません…!!」

「あれほどの巨体が、どうして接近報告もされず…!!」

「至急軍を招集なさいますか!!」

「しかし、あんなもの、どうやって……!」


皆がシュヴァンを取り囲む。

口々に思い思いの発言をしながら、まるで縋るように。


「お、おい。おちつけ……!」


カイロンが声を荒げたその時だった。


シュヴァンが片手を上げる。





ドォン……





大きな音と共に、天井は黒く焼けこげていた。

途端に広間はしん、と静まり返る。


シュヴァンは、にこりと微笑むと、口を開いた。


「皆、大丈夫だ。この国には僕がいる。それにお前たちはこの国最強の兵たちだ。未知の魔物だろうが負けるはずはない。そうだろう?」


その言葉に、兵たちは顔を見合わせ、頷いた。

その顔には、さきほどまでの動揺や焦りはない。


「ここにいるお前たちは三部隊に別れろ。ひとつ、偵察部隊は魔物の動きを観察し、逐一王に報告を。敵は一体ではない可能性もある。ふたつ、僕の権限をもって全軍の将軍たちを広間に招集しろ」


シュヴァンに指示された兵たちが頷く。


「みっつ、ヒポクルスの賓客を緊急脱出路へ。地下水路ならば脱出可能だろう。では、作戦開始!」


シュヴァンはマントを翻すと、城の奥へと消えていった。

その背を追うように、兵たちが一斉に動き出す。



ざわざわとした足音と声が広間を満たす中、クラリスはその場に立ち尽くしていた。



手首を掴まれ、はっと我に返る。


掴んでいたのは、カイロンだった。


いつもの軽い笑みはなく、真剣な眼差しで、真正面からクラリスを見ている。


「……逃げた方がいい」


低く、迷いのない声。


「お前は才がある。ここで死ぬには、惜しい。死ななかったとしても、この国は、しばらくは研究なんかできない」


クラリスの瞳が、わずかに揺れた。


「殿下、お早くこちらへ!」「危のうございます!」


背後から、部下たちがカイロンの腕を引く。

だが、カイロンは一歩も動かなかった。


「俺の国に来い」


掴む手に、力がこもる。


「お前の過去は先ほど見えた。ひどく動揺しただろう?」


カイロンは笑みを漏らす。


「我が国に益をもたらすだろう。悪いようにはしない。金でも地位でもいくらでも出す」


その眼は、真剣だった。


ざわざわと周囲の兵たちの喧騒だけが響く。


だが、二人だけが周囲の音から切り離されたようだった。


二人は見つめ合っていたが、やがてクラリスは一度だけ息を吐き、ふっと、小さく笑った。


「行かないよ」


カイロンが、わずかに目を見開く。


「だって、元救急医だから。

この国の患者を、見捨てることなんてできない」


ほんの一瞬、カイロンの指が緩む。


そして、そっと手首が解放された。


「殿下!!お急ぎください!!」


兵たちに背を押され、カイロンはクラリスに背を向け、一歩踏み出す。

それから、もう一度だけ、振り返った。


何か言いたげに口を開き、結局、何も言わず。


カイロンは、そのまま兵たちの中へと消えていった。


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