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25話 あいつを、頼むな



クラリスが診療室でひとしきり騒いで、「診療中だ!」の手厚いゲンコツをミュラーに喰らった後。


「いたい……」


頭をさすりながら部屋に戻るクラリスをみて、カイロンは楽しげに口角を上げた。


「ねえ……俺のおかげで、この魔法陣うまくいったわけでしょ?」


その瞬間、空気が張りつめる。


「……貴様、まさか見返りを要求する気か」


低く、押し殺したようなルスカの声。


「やだなぁ、俺がそんなことするような奴に見える?」


「みえる」


ルスカはぴしゃりと言い放つ。

カイロンは一瞬だけ目を丸くしたあと、肩をすくめて苦笑した。

そして流れるように手がクラリスの腰に回る。


「俺さ、そろそろ戻らないと怒られるんだよね。だからさ……」


顔を近づけ、囁く。


「送ってよ?」


一瞬の間。


「二人きりで」


「却下だ」


クラリスが口を開くより早く、ルスカの声が割り込んだ。


「貴様の魂胆はわかっている。そいつを自国に引き込むつもりだろう。それは我が国の国益に反する」


「いま王子様じゃないくせにぃ……」


「うるさい」


まるで台本のようにトントンと進むふたりの会話に、クラリスは思わず吹き出した。


「じゃあさ、ルスカも一緒に三人で送ろっか」


二人の視線が、同時に彼女へ向く。


「助かったのは、本当だしね」


「……まあ。それなら」


わずかに間を置いて、ルスカが頷いた。


診療所に残されるミュラーとヴィルの抗議の幻が、脳裏をよぎらなかったわけではない。


けれど、三人は席を立つ。


「早く帰ってきてよ」


研究机に向かったまま、アニが振り返らずに言った。


「次、やりたいことあるから」


いつになく輝く目で、ペンを走らせている。


「はいよ~」


クラリスはひらひらと手を振り、二人と並んで部屋を出た。


ぱたん。


扉が閉まる音が、やけに大きく診療所に響いた。








城へ続く水路の船着場への石畳。


どこからか漂うパンの匂いが鼻をくすぐり、市場の野菜売りの声に混じって、どこかのお母さんが子供を叱る声が微かに響く。


変わらない朝の風景だ。

クラリスとカイロンは並び歩き、その後ろをルスカがついてきていた。


「いや~いいな~民の町。おれ大好きなんだよねこういうの」


「早く歩け」


カイロンはきょろきょろと見回し足を止めてはルスカに背中を小突かれる。


何度目かわからないやりとりに、クラリスは小首を傾げたが、ぴっと指を立てる。


「二人はさ、仲良しだよね?」


二人そろって吹き出した。


「そんなわけないだろ。俺が最も嫌いな人種だこいつは」


「つれないな~ルスカは。俺は評価してるよ?ちっちゃい頃の王様ヅラも好きだったけどね」


「王様ヅラ?」


クラリスが興味津々と言った様子で首を傾げると、カイロンは腕を組み胸を張った。


「そっ。偉そーですげー負けず嫌いで、でも努力家でさ」


「……」


ルスカは、わずかに目を逸らした。


ちょうどその時、船着場に到着する。

ルスカは二人の脇をするりとすり抜け、船頭に声をかけ、手早く話を進め始めた。


その背中をちらりと見て、カイロンは声を落とす。


「真面目で、筋を通せる人間だ。

……あんな兄貴がいたら、逃げ出したくもなる」


その横顔は、どこか寂しげだった。


「……?」


クラリスが静かに見上げると、カイロンは気づいたように、くしゃりと彼女の頭を撫でる。


「逃げることができて、逃げ出せる先もあって、ある意味羨ましいよ。……あいつを、頼むな」


クラリスが口を開きかけた、その時。


「何をしている。行くぞ」


振り返ったルスカが呼びかける。


「は、はーい!」


二人は小走りで船へと乗り込んだ。








その頃。


「頭痛、大丈夫?」


診療の合間に顔を覗かせたヴィルは、思わず息を呑んだ。


アニは横たわり、顔色は青白く、浅い呼吸を繰り返している。


「おかしい……いつもの薬が効かないなんて……」


かすれた声。


「まさか、これは……」


窓の外に、ゆっくりと影が差し始めていた。


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