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15話 あたたかな人参スープ




クラリス、ヴィル、ミュラー、おまけにアニは頭を突き合わせていた。


「……どうしたんだろね……?」


『城を出た。俺は戻らん!』


先ほどのルスカの宣言のあと、ルスカは理由も語らず、ただ大きな荷物を脇にソファに陣取っていた。


「あれだ。そういう年齢のやつだ。俺も、あの頃は実家の窓ガラス叩き割った」


「……僕はそんなこと、しようと思ったこともありませんけど……」


「なんでそんな非効率的なことするわけ?」


四人のこそこそとした声がやけに響く。


クラリスは少し考えていたが、立ち上がると腰に両手を当てた。


「ルスカ、うちに泊まる?」


「いやなんで?」


ミュラーはクラリスの肩に手を置いた。


「だって本人喋りたくなさそうだし。もう夜も遅いから、寝床の確保しなきゃかなって」


「いやいや、なんでお前のところになるんだ。

お前、女だろ?いろいろ面倒だぞ」


クラリスは何度か瞬きを繰り返した。


「そうでしたね。変な噂立ったらルスカ可哀想」


クラリスの一言に、ミュラーは「そこか……」と言いたげに、がくりと肩を落とした。


「俺は診療所でいい」


ルスカはソファで腕組み一つ。


「そりゃだめだ。あのな、おじさんからのありがたい経験談だが、ここのソファで寝ると腰が死ぬ」


ミュラーはぞっと腰をさすった。

そこへ、ヴィルが手を上げた。


「僕のところにくる?宿屋だし、部屋はあるよ」


ルスカはしばらくヴィルを見つめていた。

が、やがて小さく頷いた。








翌朝。


「おい。おい」


肩をゆすられ、クラリスは呻き声をあげる。


「まだ眠いよヴィル……」


そう言って布団を頭まで引き上げる。

いつもなら、ここで優しくカーテンが開き、穏やかな声が降ってくるはずだった。


が、今朝は違った。


「起きろ!いつまで寝ているんだ!」

「わぁ……っ!?」


ばさり、と勢いよく布団をはぎ取られ、クラリスは目を見開く。


「ル、ルスカ……!?」


ベッドの脇には、腕を組んだまま不機嫌そうに立つルスカの姿があった。

その迫力に、クラリスは反射的に背筋を伸ばし、布団の上で正座する。


「お、おはようございます……?」


「ヴィルは下で朝食を作っている。早く支度しろ」


「おそれいります……!早急に取りかかります……!」


クラリスがぺこりと小さく頭を下げるのを見届けると、

ルスカはそれ以上何も言わず、荒い足音を残して部屋を出ていった。


クラリスは布団の上で、しばらく遠ざかっていくその音を聞いていた。










クラリス家のダイニングで、ルスカは背筋を伸ばして椅子に座っていた。

無意識のうちに、視線が落ち着きなく周囲を巡る。


店とつながった奥から、焼きたてのパンの匂いが流れてくる。

すぐそばの台所では、ヴィルが鍋をかき混ぜる音。

壁には、額に入れられたクラリスの勲章。

そして、どこかで小さく、何かが落ちる音。


(……これが、普通の家)


ルスカは、静かに目を伏せた。


そのとき、どたどたと階段を駆け下りる足音が響く。


「ごめんお待たせ!もう用意終わっちゃった?」


髪を束ねながらクラリスがダイニングに姿を現す。

一瞬ルスカに目を留め、にっと笑みを浮かべた。


「どう?庶民の家。悪くないでしょ」


ルスカは小さく頷いた。


満足そうに頷き返すと、クラリスは食器棚からスプーンとコップを取り出し、手際よくテーブルに並べていく。


「今日は人参スープだよ」


ヴィルが鍋を机におくと、いい香りがあたりに漂う。


「おいしそう!わたしこれ1番好き!」


笑顔を見せるクラリスに、ヴィルもにこにことお皿にスープをよそっていく。


そこへ、パンを山のように載せた皿を抱えた母が現れた。


「クラリス、起きた?ほら、朝の……あら?」


母の視線が、ルスカで止まる。


ルスカはすっと姿勢を正し、軽く頭を下げた。


「お邪魔しています。わたしは、クラリス嬢の――」


「わー!友達!同僚のお友達だよ!」


被せるように、クラリスが声を張る。


(お母さんに余計なこと言うと厄介だから!)


小声でぱくぱくと囁くクラリスに、察したルスカは言葉を飲み込み、口を閉じた。


「ふぅん……?」


母はルスカの顔をじっと見つめるとお皿をテーブルに置き、クラリスの耳元にすすっと口を寄せた。


「わかってるわよ、あの人王子よね?

……おかあさんは、この前の王子よりこっち推し」


「……おかあさん?」


母はひらひらと手を振ると、部屋を後にした。


「さっ、食べよ!」


何事もなかったようにクラリスが言い、スープに手を伸ばす。


ルスカはその様子を、ただ黙って見つめていたが、やがてスプーンを手に取った。


「今日は患者さん多いかな?」


「多いと思う。かきこんでおかないと、次の食事はきっと夜ね」


「そういえば、隣のヒポクルス国から使節団くるみたいだよ。王子様もくるんだって」


「へぇ……それはヴィルのとこの宿忙しくなるね」


「そうなんだ、みんなピリピリしてるよ」


食事を進めながら弾む会話。

時折、笑い声が混じり、あっという間に皿は空になった。


(……これが、普通の食事。

普通の、家族)


ルスカはそっと目を伏せた。







その頃、パストリア城の一室。

窓からは朝日が差し込み、部屋の主の姿を照らしている。


静かな部屋の主、シュヴァンはそっとカップを置いた。

すぐ隣では、栄養士が空になった皿を見ながら何g食べたのか、熱心にメモをとっている。


「……それで、ルスカは今どこに?」


ちらりと視線を送った先には跪く騎士と、大臣の姿。

騎士はびくりと肩を揺らした。


「はっ……昨晩はご友人のヴィル殿の宿屋に。そして今朝はクラリス嬢の居宅にて朝食を摂られている模様です。何度か、説得はいたしましたが……帰らぬと」


「ふぅん……」


シュヴァンは優しく微笑むと、報告書を手に取った。


大臣は恐る恐る顔を上げ、口を開く。


「御心労お察し致しますシュヴァン王子殿下。ですが、近頃はフィーリア姫殿下もその才覚をお見せになっておられます。……お気に止める必要もないのでは?」


シュヴァンはただなにもいわず、大臣をじっと見つめ、そして報告書に目を戻した。


(そうだね。僕にはストックができた。ルスカ、僕は君が……)


その先の言葉をシュヴァンは飲み込んだ。

そして、報告書を、音も立てず、机に落とした。

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