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7話 出発の朝、死相なし





「お姉様!聞きましてよ!魔物討伐など……おやめください!」


開院の用意をしていた診療所の扉がバタンと開き、そのままの勢いでフィーリアがクラリスのもとへと飛び込む。

その背後から、静かにカレルが姿を見せた。


「おはよ、フィー。耳が早いね、昨日の今日なのに」


クラリスが頭を撫でると、花の香りが鼻をくすぐる。


「昨晩、ルスカお兄様に聞きましたの!聞いた時は倒れるかと思いましたわ!」


身体を離したフィーリアは、うるうると目を潤ませクラリスを見上げた。


本を読んでいたルスカは顔を上げ


「すまない。口が滑った」


それだけを言うとまた本に目を落とす。


「アニ。わたくし、あの人は昔から苦手でした。お姉様を討伐に向かわせるなど……どうしてくれようかしら」


「フィー、知ってるんだ?アニのこと」


「当然ですわ!だってあの人……一時期婚約者候補にあがっておりましたもの!」


「えーっ!?そ、そうだったの!?ア、アニにフィーは勿体なさすぎるよ!」


「まあ……お姉様ったら」


その言葉にフィーリアは頬を抑えにこりと微笑む。

クラリスは二人が並ぶ姿を想像してみた。

が、仲良く話をしている姿は浮かばなかった。


「それでお姉様?討伐など、やめてくださいますわよね?ね?」


フィーリアはきゅっとクラリスの白衣を掴む。

が、クラリスは困ったように笑うと、首を横に振った。


「心配してくれてありがとう。でもね……昔救急の上司が言ってたんだよね。迷ったら大変な方を選べば正解だって。わたし、行かないときっと後悔する」


「ですが…っ!もし…お姉様になにかあったら……っ!!」


フィーリアの目から、涙が落ちる。

クラリスはそっとその涙を拭った。


カレルは静かに二人へ歩み寄り、そっとハンカチを差し出した。


「フィーリア様。……クラリス嬢の“仕事”ですから」


落ちる涙の粒は、小さな宝石のようだった。

カレルに促されるままハンカチで目を拭き、フィーリアは小さく息を吸う。そして、震える睫毛のまま微笑んだ。


「では、わたくしも参ります」


「いけません!」


カレルが慌ててしゃがみ込み、その瞳を覗き込む。

しかしフィーリアはぷいと横を向いた。

――まるで、答えを言われる前から知っているとでもいうように。


「どうしてですの?お兄様がよくて、わたくしがダメな理由はなに?」


フィーリアは腕を組む。






昨晩のことが、クラリスの脳裏に蘇る。


アニが帰ったあと、診療所の面々は緊急招集された。


『――というわけで、私行ってきます!』


『は?』


ミュラー、ヴィル、ハンナは揃ってぽかんと口を開けた。


『おま……おまえはアホか!! 魔物だぞ!? 討伐だぞ!? 無理に決まってんだろ!』


『でも、私の力で消せるんじゃないですかね? いけますって!』


『“そこ”まで行く前に死ぬわ!! 魔力尽きたらどうすんだ!!』


珍しく声を荒げるミュラーに、クラリスはヘラッと笑った。


『……そこまで考えてませんでした』


ミュラーたちが頭を抱えた。


ルスカはしばらく黙ったまま、クラリスの手元を見ていた。

彼女の震えに気づいているのに、あえて何も言わず。

そして、ゆっくり息を吐いてから言った。


『……俺も行きます』


すっとルスカが立ち上がった。


『魔物討伐なら経験はある。剣も使える。……なにかあれば、こいつは引き摺ってでも連れ帰る』


『っ……じゃ、じゃあぼくも!』


ヴィルも手を上げる。

その手は僅かに震えていた。


『いいの?ふたりとも……ありがとう…。分け前はちゃんとわたすからね……』


『それはいらん』





そうして決まった討伐メンバー。


――そこへ、フィーリアも加わりたいと言い出したのだ。


「フィーも加わったら、楽しい旅になりそうだよね」


クラリスがにこっと笑うと、フィーリアの顔がぱぁっと花のように明るくなった。

その後ろで、カレルは「それだけは……」と言いたげに天を仰ぐ。


「でしたら……っ!」


「でもさ、危ないかも。

わたし、まだ自分の身も満足に守れなくて……ルスカやヴィルについてきてもらわなきゃいけないくらいだし。

旅行はさ、もっと楽しいところにしよう?ね?」


優しく諭されるような言葉に、フィーリアは一瞬だけ唇を噛み――


「……はい」


小さく頷いた。

カレルはあからさまに胸を撫で下ろす。


「……絶対に無事に帰ってきてくださいませね。

お兄様、お守りくださいませね」


フィーリアがルスカに向き直ると、ルスカは彼女の心配を受け止めるように小さく笑った。


「……俺の心配はないのか?」


「あら。お兄様はそんなやわではございませんもの。……それで、いつご出発ですか?」


「明日だよ! アニの都合でさ、明日がいいんだって」


「明日!?それに……アニも行くんですの!?」


「魔物のところまで案内してくれるみたい」


「……彼だって、戦えないではありませんか!」


ぷくっと頬を膨らませるフィーリア。

カレルはまた慌てて視線をそらし、クラリスは思わず苦笑を零した。







それから――診療時間も終わった、静かな診療所の片隅。

窓から落ちる月明かりと、ランプの淡い灯りがゆらゆらと揺れている。

他のメンバーはすでに帰宅し、残っているのはクラリスとヴィルだけだった。


クラリスの周りには本が山のように積まれ、

彼女はページをめくってはうんうん唸っている。


掃除当番のヴィルは、箒を手にしながらその様子に小さく笑った。


「まだ決まらないの?」


「そうなんだよね……。食べられる野草図鑑にするか、キノコ図鑑にするか……」


「キノコはやめといたがいいんじゃないかなぁ……。見分けつかないと思う」


「確かにね。野草にするか……」


クラリスは“毒キノコの見分け方”の本を棚に戻してから、また別の本を手に取った。

――『怖い魔物の見分け方』とある。


「……アニもなかなか無茶振りだよね。こんないたいけな女の子捕まえて、魔物倒せなんてさ」


ぶつぶつ文句を言いながら本を眺めるクラリスに、ヴィルは手を止めて目を向けた。


「でもさ、自分もついていくくらいだから、クラならできそうって思ったんだよ、きっと」


「そうかなぁ……。とりあえず死亡フラグ立てないように気をつけてる」


「死亡フラグ?」


「うん……言うと死んじゃう台詞あるの。"この戦い終わったら結婚する"とかそんなの」


「そっかぁ……」


クラリスの“よくわからない前世の文化”はもう慣れているのか、ヴィルはさらりと流し、また箒を動かす。


静寂の中に、箒で床をはく音が響く。


「……クラは怖くないの?」


ヴィルが箒を握る手に力が入る。


(僕も戦えない。正直怖い。だけど……)


五年前、クラリスのお腹に刺さったナイフが忘れられなかった。


「怖いよ~めちゃくちゃ怖い。だってさ……」


クラリスの声が、息をのむほど小さくなった。

ヴィルは思わず箒を止める。


「前世ではゴキブリも殺せなかったんだよ?」


「そこ?」


思わず笑うヴィルだったが、彼女は自分の腕を抱きしめ、ぐっと肩を縮めた。


「じゃあ……なんで行くの?」


クラリスはゆっくり顔を上げ、少しだけ寂しそうに、目を伏せる。


「――このままだと、きっといつか命の選定をしなきゃいけなくなる。助けられる命と、助けられない命を選ぶ日が来る。もう、嫌なんだよ……だから、できることはしておきたいじゃない」


言葉は淡々としていた。

けれど、その瞳に沈む何かを、ヴィルは見逃さなかった。


と、その時。


ふっとクラリスが笑い、わざと軽い声を出す。


「なーんてね。儲かる匂いがするからだよ!ヴィルにも取り分あげるから、一緒に、目指せ億り人!」


クラリスはにこりと笑うと、すでにぱんぱんのリュックに本を押し込む。


(素直じゃないなぁ…….)


ヴィルはくすりと笑い、箒を動かし始める。


「あのさ、本持って行きすぎだよ。重すぎて、魔物のところにたどり着けないよ」


「え、うそ!?……わ、ほんとだ!!」


クラリスはリュックを持ち上げ、ずしりとした重みに情けない悲鳴をあげた。


二人が笑い合う声が、静かな夜にぽつりと落ちた。






翌朝。


「お姉様、どうか……どうかご無事で!」

「引き時にお気をつけくださいね」


涙目のフィーリアと、その背後できゅっと拳を握るカレル。


「先生たち、ほんと気をつけてね!変なもの食べないように!」

「……まああれだ。珍しい薬草があったら、ついでに拾ってこい」


ハンナとミュラーも、いつもの調子で見送ってくれている。


クラリスは深呼吸し、仲間をひとりずつ見渡した。


「死相なし!勝てる!」


「どういうこと?」「庶民の占い?」


ヴィルとアニは言葉が被り、お互い顔を見合わせ、アニはすぐに逸らした。

ルスカはため息をひとつ。


「よし。じゃあ――魔物討伐、いざ行かん!」


元気よく右手を掲げ、一歩を踏み出した。

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