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集落から戻ったエラとアデルは、いつもより早く戻ってきたアルバートとリアムと共に夕食を楽しむ。

ふわふわと優しく立ち上るスープの湯気。鼻を擽る香りが、エラの腹をくうと鳴らした。


「実家の味だ…」


ほっと息を吐き、心底気を抜いているといった顔で、エラはぱくぱくと料理たちを順番に胃の中へ収めていった。

あれだけ食べられなかったのに、不思議と実家の味というだけで何も無かったかのようにするすると収まっていく。

美味しい美味しいと嬉しそうに頬張っていくエラを微笑ましそうに眺めながら、執事は小声で従者の一人に耳打ちをした。

「料理長に、エラお嬢様が大層お気に召していると伝えてこい」と囁かれた従者は、こくりと頷くとそっとダイニングから姿を消した。


「あんまり食べると、デザートが入らなくなるわよ」

「ご心配なく。これくらいの量ならばまだ入ります」

「いつからそんなに大食らいになったんだ?」


苦笑するリアムが俺の分も食べるか?なんて冗談を言う。アルバートは久しぶりに揃った子供たちを嬉しそうに眺め、酒の入ったグラスを傾けた。


「思っていたよりも元気になってきたようで安心した」

「お姉様のおかげです」

「アデル?」

「はい。私の愚かな慢心と高すぎる自己評価を叩き折ってくださいましたので」


何を言うかと憤慨するアデルを横目に、エラはうっすらと口元を緩ませる。


守れなかった。それはいつまでも消えないだろう。

だが、守れなかっただけではなく、守れたものもあった。今まで零れ落ちてしまったものだけを見て嘆き、抱えていられたものを見ようともしなかった。それは愚かな事だ。


アデルの言うように、自分で抱えられるものには限りがあるのだ。両腕一杯に抱えていられるものだけではない。零れ落ちてしまうものもある。それを認め、受け入れ、じっくりと咀嚼して飲み込む事も必要なのだと知った。


零れ落ちてしまった、守れなかった者を忘れなければ良い。勿論守れていたらそれが一番良かっただろうが、守れなかったといつまでも嘆き悲しむだけではいけないのだ。


それはアメリアの望む事ではない。きっと悲しい顔をして、それはエラじゃないと怒るだろう。

大好きな友人が悲しむような、弱り切ったエラ・ガルシアであってはならない。

大好きな、自慢の友人でなければならないのだ。


「何があったか知らんが、お前は泣いているだけの御令嬢という姿は似合わんからな」

「よく言われます」

「戦乙女、月の魔女、白銀の魔女…お前は一体幾つの二つ名が付くんだろうな?」


リアムは呆れたように言うが、別にエラとて好きであれこれ言われているわけではない。どれもこれも周りが勝手に言っているだけなのだ。

戦乙女というのは事実だし、月の魔女は別に言われたくて言われているわけではない。出来れば言われたくない呼び名だ。


「どうせなら白銀の魔女と恐れられている方が良いのですが」

「嫌よ、そんな恐ろしい名前」

「格好良いじゃありませんか」


駄目なのかときょとんとした目をアデルに向けるが、アデルは嫌だ嫌だと眉間に皺を寄せる。

どうせならもっと可愛らしい呼び名が付けば良いのになんてブツブツ言っているが、戦場で可愛らしい呼び名など付けられても困る。


「獅子姫よりはマシでしょう?」

「ランドルフ嬢か…あの方はその身を焼きながら戦うんだろう?大丈夫なのか」

「悲鳴を上げながら治癒魔法を使われてましたよ。心底炎の術者でなくて良かったと思いました」


しれっと言ってのける妹に、アデルもリアムも苦い顔をする。

アデルは炎の術者だが、戦場で戦える程の魔力量は無い。せいぜい日常生活でちょっとした火を起こしたり、万が一襲われた時に威嚇出来る程度のものだ。


「私の力は制御が難しい。ですが、己を傷付けず敵だけを傷付ける事が出来ます。土地へのダメージも殆ど無くね」

「まるで万能ではないか」

「細かい制御が出来ない分、自分以外の敵味方関係無く傷付けてしまうんですけれどね」


集団で固まっていると面倒だと溜息を吐き、ちろりとアルバートを見る。

士官学校に行けと送り出したのは父だ。嫌だと大騒ぎした時、苦しそうな顔で魔王の命令には逆らえないからと娘を無理矢理送り出した。

その後あっという間に戦争に巻き込まれ、前線に送り込まれるエラをどう思っていたのだろう。

テルミットで戦っていた時は、心底心配しているといった顔をしていた。無茶をするなと叱られもした。


戦争が終わって帰ってきた娘の髪が短くなっているのを見た時、アルバートは絶句していたのだ。何があったのか、どうしてそうなったのか、他に傷は無いのかと、真っ青な顔をしていた事を思い出し、エラはふっと柔らかく微笑んだ。


「私は魔女だと恐れられるよりも、ただのエラとしていられる場所があればそれで良いです」


その場所が出来るだけ多ければ良い。実家もその一つであってほしかった。


◆◆◆


実家に滞在するというのは良い。普段よりも少しだけゆっくりと目を覚まし、この家の御令嬢なのだからと当たり前のように女中たちが世話を焼く。

それを当たり前だといった顔で受け入れて、遅めの朝食を腹に納めれば、もう昼食までやる事もなく、暇な時間を持て余していた。


その筈だったのだが、今日は少々忙しくなったらしい。


「ぐ、ぐるじい…」

「みっともない声を出さないでくださいませ。まだまだくびれをしっかりと強調しなくては!」

「ぐぇ…」


まるで潰された蛙のような声を漏らしながら、エラは必死で壁に手を付いて耐える。

容赦なくコルセットの紐を引き絞りながら、女中たちはあれこれとエラを飾り立てるのに必死だった。

衣裳部屋に納められているエラのドレスは、殆どがサイズアウトしている。士官学校に入ってから体も育ったし、そもそもあまり実家に帰っていないせいでドレスを着る機会もあまりなかった。


戦争中実家に身を寄せていた時に着ていた普段着程度ならあるのだが、客人を迎えるのならばもう少ししっかりしたものをと言い出した侍女頭の迫力に負け、アデルのドレスを借りる事になった。


それはまだ良いのだが、軍人として鍛えているエラと、そうでないアデルでは体の細さが違う。どうにかしてアデルの腰の細さに近付けようと、ぎちぎちと胴体を締め上げられる拷問に耐えるこの時間は、あとどれだけ続くのだと叫びたくて堪らなかった。


「でる…何か出てはいけないものが出る…」

「出て細くなられるのなら出してくださいませ」

「ぐう…っ」


もう無理だ何か出ると泣き言を言ったエラに、流石にこれくらいにしてやろうと勘弁してくれる気になったらしい侍女は、やりきった顔をしながら紐を纏めてくれた。

普通に立って呼吸を繰り返すだけでも息が詰まって仕方が無い。もしこの状態で走れと言われたら泣いて許しを請うだろうなとどうでも良い事を考えながら、エラは着替えと化粧をされるがままぼうっとその場に立ち続けた。


「…やりすぎじゃないか」

「これくらいで丁度良いのですよ」

「こんな短い髪どうにもならんだろうに…」

「どうにかしてみせます」


何故そんなにエラを飾ろうとするのか理解が出来ない。

やれやれと諦めたように溜息を吐きながら、エラはふと今日の客人が誰なのか知らない事に思い至る。


「客人とは誰が来るんだ?」

「…強欲な魔女ですよ」


心底嫌そうな顔をした侍女たちが、ぐっと唇を噛んだ事に気が付いた。

強欲な魔女とは誰の事だろう。考えてみても、そんな呼ばれ方をするような女は知り合いにいなかった筈だ。思い至るとすればサラくらいなものだが、もしも仮にサラが来るのなら、真っ先にエラに知らせが来る筈だ。


「…え、本当に誰だそれ」


オロオロとしだすエラの言葉に答える者は誰もおらず、皆不機嫌そうな顔でエラの身支度だけが粛々と進んでいくのだった。


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