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新しい家族

めかし込んで座らされた談話室のソファー。エラの隣で苛々と不機嫌そうにしているアデルが、面白くありませんと体全体で表現しているように見えた。


「お姉様、どうされたのです?ドレスを貸すのがそんなにお嫌でしたか」

「可愛い妹にドレスを貸したくない姉なんかいないわ」


ちょっとした冗談のつもりだったのだが、アデルは相当機嫌が悪いのかツンとそっぽを向いたままだ。リアムも同じように不機嫌そうな顔をしてアデルの隣に置かれた一人掛けのソファーに腰かけ、落ち着かないようにトントンと人差し指を膝の上で動かし続けている。


兄と姉の異様な雰囲気に首を傾げ、一人情況の分かっていないエラはどうしたものかと溜息を吐く。

これから客人が来るという雰囲気ではない。使用人たちも何となくピリピリとしているし、これから来るらしい客人はそんなに厄介な相手なのだろうかと不安になる。


「待たせたな」


アルバートが扉を開き、客人を案内しながら部屋に入ってくる。

嫌々といった様子で立ち上がるリアムとアデルに続き、エラも一緒に立ち上がって客人を迎え入れた。


「ごきげんよう」


柔らかい声。金色の長い髪をふわふわと揺らし、少々小柄な女性はアルバートの後ろからにこやかに挨拶をしてみせた。


初対面のその女性が誰なのか全く分からない。無言でぺこりと頭を下げる子供たちに小さな溜息を吐くと、アルバートは優しくその女性の背中を押して隣へ立たせた。


「エラは初めてだな。ロージー・マーティン夫人だ」

「はじめまして、エラさん」


にっこりと穏やかに微笑みながら、ロージーと紹介された女性は可愛らしく小首を傾げて見せる。

人間でいうところの三十代後半に差し掛かろうかと言う見た目。アルバートと同じくらいの年齢なのだろうが、魔族の年齢は見た目だけでは分からない。


「ガルシア家二女、エラと申します。マーティン夫人」


ドレスの裾を持ち上げ、良家の子女らしくお辞儀をする。それに満足したのか、アルバートはうきうきと嬉しそうな顔をしながらロージーを空いている二人掛けのソファーに座らせた。


「まだ国内も我が家も不安定な状況だが、折角エラが戻っているのでな。紹介したかったんだ」

「はあ…あのう、失礼ですがどのようなご関係なので?」


マーティン夫人と紹介されたという事は、彼女は既婚者なのだろう。だが、既婚者だとするならばアルバートとの距離が近いように思えた。

父は何年も前に妻を亡くしているし、夫の居ない女性相手ならばそれなりに「仲良く」していても良いだろう。

だが、相手が既婚者ならば話は別だ。頼むから面倒事は勘弁してくれよと内心経過しながら二人の関係を問うのだが、照れ臭そうに笑うアルバートとロージーの二人は、娘に警戒されている事にすら気が付かないらしい。


「あー…その、もう少し落ち着いたら、ロージーを妻にしようと思っているんだ」

「…は」

「戦争の前に夫を病気で亡くされていてな。互いに伴侶を亡くし、寂しいんだよ」

「夫との間に子供もおりませんでしたから、私一人で心細かったの」


困ったような、寂しそうな顔をして曖昧に微笑むロージーだったが、何となくエラはこの女性が薄気味悪いと感じた。

例えるならば、サラが余所行きの顔をして悪だくみをしている時のような雰囲気があったのだ。


否、サラよりも厄介だろう。子供たちの前であろうと関係ないのか、それとも「お前たちが反対しようが関係ない」と見せつけたいのか、ロージーはそっとアルバートの肩に体を寄せる。


それを白けた目で見ているリアムとアデルの様子を見るに、彼女はよくこの屋敷に来ているのかもしれない。

そして、完全に二人から敵認定されている。


別にこの先残されている長い人生を、死ぬまでずっと亡くなった妻を想い続けろというつもりは無い。

エラだけでなく、リアムもアデルもそれは同じだ。


父はもう子育てを終えている。国の為に働く事さえ忘れなければ、新しい妻を迎える事に反対する気は無い。だが、この女は何だか嫌だという感情は拭い去れない。


「あー…成程」


拭い去れない違和感と嫌悪感を誤魔化そうとするのだが、突然新しい母になると紹介された事でエラの頭の中は真っ白になっていた。


自分が戦場に出ている間に何があったのだろう。

父も父だ。娘が必死で戦っている間に女を連れ込むなんて何事だ。いや別に構わないのだが何だか嫌だ。むしゃくしゃするが今は必死で客人の前で眉間に皺が寄らないように耐えるだけだ。


「婚儀は派手にするつもりもないし、身内だけのささやかなものにしようと思う。二人共二度目だしな」

「ええ。そういうのはまだ若い娘に任せるわ」


にこにこと嬉しそうに笑うロージーがアデルとエラを見つめる。

笑っているのに目元は欠片も笑っていない。品定めするような嫌な目は、エラには慣れたものだった。


「まだ私は嫁ぐ相手を決めておりません」

「私も」


アデルのツンとした固い声に同調するように、エラもまだ嫁に行く気は無いと宣言する。

アルバートは嫁ぐ相手は好きに決め、もう少し後でも良いと言っている。だが、ロージーはそうではないらしい。


「あら、婚礼衣装が似合う年齢はほんの僅かなのよ?折角綺麗なお嬢様たちなのだから、似合ううちに着ておいた方が良いわよ」


何故初対面のお前にそんな事を言われなければならないのだ。

ムッとした顔でロージーを睨むが、ロージーはエラよりもアデルに標的を定めたらしい。順番で言うならば、姉であるアデルの方が先に嫁にいくべきだからだろう。


「お相手が決まっていないのなら、私の遠縁の子はどうかしら?王城で働いているんだけれどね」

「お生憎ですが!」


苛々とした様子で、アデルは普段よりも声を張ってロージーの言葉を遮る。

普段絶対にしないような事をしている姉に驚き、エラはそっとアデルの横顔を見た。


「貴方に世話を焼かれずとも自分で相手を見つけるくらい出来ますわ。以前も同じ事を言った筈ですのに、もうお忘れになったの?」

「ああ…そう、そうね。ごめんなさい」


しょんぼりと肩を落とし、ロージーはしゅんと顔を俯かせる。

案外あっさりと引き下がるのだなと思ったが、それは本当に一瞬だけだった。


「でも本当に嬉しいわ。まさかあの月の魔女の母になれるなんて!」


パッと顔を上げたロージーは、じっとりと獲物を見定めるような目でエラを見る。

背中を虫が這いまわるような嫌な感覚に襲われ、エラは反射的に拳を膝の上で握りしめる。必死に耐えてはいるのだが、何だかこの女は本当に嫌で嫌で仕方が無い。


何故父はこんな女を愛してしまったのか理解不能だ。ベラベラとまだ喋り続けるロージーを嬉しそうに見つめるアルバートの目はうっとりとしていて、子供たちが皆嫌そうな顔をしている事にすら気が付かないのだ。


「貴方のお話は色々な所で聞いているわ。とても美しくて、誰よりも強い魔女だって」

「…それは、光栄です」


守れなかったとずっと落ち込んでいた。まだ少し心が落ち込む事もある。

まだ触れられたくない柔らかい部分にずかずかと踏み込んでくる無遠慮さ。


それを嫌と言わせない無邪気さ。

年齢よりも幼いような言動。しかしそれは計算なのだろうと分かる何か。


ああ、駄目だ。この人は嫌いだ。

にっこりと微笑んだ顔のまま、エラはじっとロージーが黙るのを待ち続けた。


◆◆◆


「正気ですかお父様は!」


ロージーを送ってくるとアルバートが屋敷を出たのは、すっかり日が暮れてからの事だった。

三人だけになった事を確認したエラは、リアムとアデルに向かって吠える。


あれがガルシアの妻に相応しいとお思いか。

あれは厄介だ、迎え入れるべきではない。

あれが母なんて死んでも御免だ。


ぎゃんぎゃん吠えた所で、リアムもアデルも頭を抱えるだけだ。

結婚について突っ込まれる事三回。遠縁の誰かだの、知り合いの息子だの、あの家は優秀な人が多いだの、あれこれ好き勝手言われた。アデルとリアムは既に何度か同じ事を言われているらしく、じろりと睨むとロージーは流石に黙っていた。


「何故まだ正式に妻として迎え入れられていない分際で我が家の事に口出しをするのです?何故行き遅れるのが心配だのなんだの言われねばならんのですか!」

「知るか…俺だってうんざりしてるんだ」


すっかりこの屋敷の女主人気取りなのか、やれこの家具が気に食わない、あの花はここには合わない、あの食事のメニューは微妙だ、使用人の教育がなっていない。あれこれ好き勝手に文句を付け、「申し訳ありません」と詫びられると満足げに笑うのだという。


「何故お父様はそれを良しとしているのです?」

「知らないわ。まるで何か魔法にでもかけられているみたいよね」

「魔法使いの知り合いはいないか?呪いを解いてほしいんだが…」


げんなりと頭を抱えたままのリアムとアデルがそんな事を言うのだが、それが本気なのか冗談なのかも分からない。

まるで魅了の魔法にでもかけられたかのように、アルバートはロージーに夢中なのだという。


「ハイランドの魔法使いなら一人…ですが、今頃国に戻ってしまってすぐには此方にこられませんよ」

「クソ…本当にあれが義理とはいえ母になるのか」

「万が一にでも子供なんか生まれてみなさい。あの女益々大きな顔するわよ」

「そんなに嫌わなくとも…」


流石にそれは言い過ぎなのではと兄姉を止めようとするエラに、二人の顔がぐりんと勢いよく動いた。


「甘い!今日エラだって好き勝手言われただろう!」

「まだ他人のあの女によ?!何がこれからよろしくねよ!お断りだわ!」


ぎゃんぎゃんと二人から責められながら、エラは勘弁してくれと言いたげに両手で耳を塞ぐ。

あーあーと声を出してみても無駄だ。怒りに染まったアデルの勢いは勿論、本気で嫌でたまらないらしいリアムはしっかり聞けとエラの腕をぐいぐいと引っ張った。


「あの女はな!母様のガゼボを撤去させようとしたんだぞ!」


ぱきり。

部屋の何処かで小さく音がした。徐々に下がる部屋の温度。

悔しそうな顔をしたリアムとアデルの顔をじっと見つめながら、エラは大好きな母のガゼボを思い出した。


時々あのガゼボに隠れ、祖母が怖い、嫌いだと泣くのを母に慰めてもらった。大好きな母の膝で泣くのが、幼いエラにとってどれだけ安らぐ事だったか。


大人になって、あのガゼボでアルフレッドと語らった。与えられたあの言葉を何度も思い出し、冷え切った部屋の何処かがバキンと一際大きな音を立てた。


「何様だあの女」


青筋を立てた妹の腕を掴んだまま、リアムはぐっと奥歯を噛み締める。


「テルミットを離れるであろうエラに心配事を増やしてすまない。だが、あの女は近いうちに嫁いでくるだろう。だが、この家と母様の思い出は俺とアデルが守る」

「…私に出来る事は?」


じっと真直ぐに見つめてくるエラにうっすらと微笑みながら、リアムは腕から手を離してポンと頭を撫でる。


「元気でいてくれれば良い。この家は俺たちが守るから、お前はいつでも帰ってこい」

「色ボケたお父様には本当に呆れたわ。エラの縁談話なんか出て来たら真っ先に潰してあげるから安心しなさいな」


よしよしと兄と姉から頭を撫でられるのはこそばゆい。

新しく家族となる人の事も気になる。きっと仕事に戻っても気になり続けるだろう。居場所を汚されてしまうような気がして離れがたいが、あと少しで休暇も終わってしまう。そうなれば、エラはまた魔王の元で働くのだ。


「本当はもっと楽しい思い出だけ作ってもらって、行ってらっしゃいって送り出す予定だったんだけどな」

「じゃあ今から楽しい思い出をください」

「何をお望みだ?」

「そうですね…戦争で頑張った妹にとびきりのご褒美を!お兄様とお姉様が考えて、私が出立する日に渡してください」

「難しい事言うわね」


困った顔の兄と姉を見るのは楽しい。あと少し、ほんの少しだけとなってしまったエラでいられる時間を噛み締めたくて、エラはとびきりの笑顔で我儘を言ってみせるのだった。


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