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七章  『四方より昇る光は天を穿つ』  -2-

 忘却の都ヤクシャは地下に根を張り巡らされた都市であった。

 地上の崩れ去った建物とは違い、地下の建造物はあまり損害は無かった。

 フランチェスカは地下の建物の中でも一番深いものの中の底にいた。

 本来は電気で動く移動手段があったのだが、電力は既についえており、耳につく金属音を立ててここまで落ちてきた。

 落ちたそこには中に人であったものと液体が入った円柱状のものが林立していた。

 恐らくは延命装置か何かであろう。

 来るべき現世に蘇るはずが、電力の喪失という珍事に見舞われ悲惨な最期を迎えたのであろう。

 フランチェスカにはその林立した装置が何だか分からないらしく、興味無さそうに朱雀石を探し、奥へと進む。

 分厚い元自動扉を蹴破り、この都市で最も深く奥の部屋へと足を踏み入れた。

 そこにあったものもガラスケースの柱が一本。

「止まりなさい!」

 フランチェスカが部屋を眺めていると、入り口の方から奇妙な声が聞こえた。

 入り口の方には先程戦った青髪の女が立っていた。

「転輪王様から離れなさい!」

 内蔵してある音声スピーカーがいかれてしまっているのであろう。

 その声は女のものではなく、擦り切れたテープのようである。

「転輪王?」

「そうだ!その装置から離れろ!」

 フランチェスカがこれが?とガラスケースのものを指す。

 そうだと女が答える。

 彼女はバランサーもいかれて壁に寄り掛かっているが、いざとなれば転がりながらでも掴みかからんという勢いだ。

「この肉の塊がか?・・・もう死んでから長い時間放置されている。やはり朱雀石は諦めるか」

「一目死したように見えるのは仮死状態だからだ。装置を再起動すれば問題ない」

「腐った死肉に仮死状態も何もないと思うのだが・・・」

 女が壁にある操作パネルにコードを打ち込むと部屋が明るくなった。

 そして、ガラスケースは中でこぽこぽと気泡が発生して、かろうじて形をなしていた肉はボロボロと崩れ去った。

「え?あ?何故?」

「人は死ねば生き返りはしない。当たり前のことだろう」

「そんな・・・そんな事・・・」

 女はへたりと床に座り込み、ただ茫然自失に空を見つめていた。

 感情表現の豊かな機械人形だと思う。

 しかし、それ故『死』を理解できていなかったことに釈然としないものがあるのは確かだった。

「一体私はこれからどうすればいい?」

「知らない。好きにすればいい」

「そういうことではない、私は転輪王様を守るためだけに生まれてきた。転輪王様がいなくなれば私に存在価値など無い」

「そこまで思いつめることも無いだろう。自分自身のしたいようにすればいいと言っているのだ。食べたい物を食べ、着たいものを着ればいいだけの話だろ。いや、まずはその体を直すのが先か・・・」

 女はへたり込んだまま首を振る。

「誰も私に命令を下す者がいなくなったのよ。この絶望が貴方に分かって?私には耐えられない」

「そうだな、私にはお前の気持ちなど分かるはずもない。だから言える言葉は『好きにしろ』それだけだ」

 そう言って、フランチェスカはふと気付く。

 ひょっとしたら彼女と自分とは近しい存在ではないかと。

 気が付けば何だか分からない世界へ連れてこられて、変な男に会い、何だか分からないまま人捜しに協力することになった。

 ミューズ様を失った絶望の中でしたいことなど無かった。

 そして、いつの間にかいつも通り戦場にいた。

 人を殺す感触がひどく懐かしく、安らいだ気持ちにさせたのを覚えている。

 人を殺している間は何も考えずにいれた。

 むさぼるように殺していたように思う。

 そして、今。

 元の世界に戻るためにここにいる。

 こんな姿になってしまったというのに、戻って一体どうしようというのだ。

 今まで通り国に仕えて、王に従うというのか?

 ミューズ様が何を思い私を殺したのか、真相を突き止めるべきか?

 既に死した身には詮無きことのように思える。

 命令がなければ生きてはいけないという彼女とただ流されるままに歩んでいる自分とどれほどの差異があろうか?

 そう思うとあのレイという馬鹿な男も自分のやりたいように生きているという点だけにおいてはすごいと思えてきてしまうから不思議だ。

「貴方にお願いがあるのだが・・・」

「あぁ、私にできることなら何でも言ってくれ。協力しよう」

 妙な共感を覚えたからであろうか、意識せずに語調が柔らかくなる。

「私にも『死』を与えてはくれないだろうか?」

「・・・あぁ・・・」

 彼女の鎖骨辺りが開かれ、そこに心臓ほどの大きさの動力装置があった。

 赤く光り輝くそれに狙い定めて、フランチェスカが鋭い突きを放った。

 カランカランと金属の床に音を立てて動力装置であった朱雀石が転がった。

 赤い温かな光に包まれて、フランチェスカは元のガラクタに戻った彼女の瞳を閉じた。

「初めて手にした自由。選び取ったのは己の死。これで彼女は苦しまずに済むのだろう。それが彼女の願ったことだから。しかし、それでも私は彼女に生きて欲しいと願った。果たしてこれは私のエゴでしかなかったのだろうか?」

 黒き甲冑はその身に純白の魂を宿し、彷徨いゆく。

 その昏き瞳が見つめるのは懐旧か、悲しみか、はたまた未来であろうか。

 その魂の名はフランチェスカ・バートン。

 この日、忘却の都ヤクシャより赤き光の柱が天を穿った。


 

 足元に散らばっている骨を砕きながら、奥へと進むと女性の泣き声がした。

 声を頼りにさらにシオンは奥へと進む。

 もうゾンビや骸骨が出てくる気配は無かった。

 行き着いた所はぼんやりと明かりが灯った大きな部屋だった。

 天井は高く、ガラスの無い窓が多くあって、教会跡といった感じのする場所であった。

 中央には台座に寝かされた男がいて、それにすがって泣く女がいた。

「何故泣いているの?」

 女はゆっくりと近づいてくる気配に振り向かず、

「フィルが・・・フィルが死んでしまったの・・・」

 赤い癖のある長い髪を揺らして答える。

「ねえ、フィル。覚えてる?ここで二人だけで結婚式の真似事をしたっけ。そこで貴方は私に永遠の愛を誓ってくれたわ。でも、私は何も答えられなかった。だって貴方は新郎役と神父役を両方ともやろうとするから、混ざってしまって何だか分からないものになってしまったんだもの。私はおかしくて、何も答えられなかった。あまりにも私が笑うものだから、貴方は怒って拗ねてしまったっけ。ねえ、フィル。覚えてる?・・・ねえ、フィル・・・覚えてる?・・・」

 シオンは立ち止まり、台座の男の顔を見る。

 肌は赤みがあり、生気を帯びている。

 とても死んでいる様には見えなかった。

「貴方は本当はもう生き返ってもいいはずなのに、何故今回は生き返らないの?」

「生き・・・返る?」

「そうよ。私の力で何度でもフィルは生き返るの。そして、また私を愛してくれる」

「・・・死んだ者には死んだ者の行くべきところがある。その男の、フィルの事を真に考えるなら・・・」

「貴方に何が分かるというの?フィルは、フィルは私と一緒が一番幸せなの!」

 激昂して赤毛の彼女はシオンを突き飛ばす。

 改めてシオンを見つめ、そして絶句して何度も首を振る。

「貴方は私からフィルを奪いに来たのね!渡さない!渡さないんだから!」

 床がはがれゾンビがわく。

 天井からは骨が落ちてきて、それが骸骨になる。

(あのおびえた目を私は知っている。愛しい者を失う悲しみを私は知っている。知っているからこそ私がやらねばならないのだろうか?)

 一歩一歩ゆっくりとした足取りでシオンは台座に近づく。

 襲いかかるゾンビや骸骨はシオンの妨げにならず、一瞬にして灰と変わる。

「お願いフィルを殺さないで!」

「もう彼は死んでいるのよ。もう楽にさせてあげましょう?」

「いや!やめて!」

 彼女は赤毛を振り乱してシオンの足元にすがりつく。

 歩は止まらない。

 彼女の着ていた金色の衣は破れ、褐色の肌には多数の傷が走っていった。

 シオンは台座の前で剣を構え、十字を切った。

「さ迷える魂よ。心安らかに眠れ」

「フィル!」

 男の体に剣がずぶりと吸い込まれていった。

 男の顔からはみるみる生気が抜けていく。

「フィル!フィル!フィル!!」

 何度も呼ばれる自分の名に気づいたのだろうか、彼のまぶたがゆっくりと開かれた。

 そして、唇が動いた。

 それは両者のどちらに言ったのか分からない。

 けれども確かに、

『ありがとう』

 そう言った。

 やがて彼の肉はただれ落ち、骨と皮だけになり、骨は灰へとなって消えていった。

「貴方は聖鬼さんですね。私は貴方の持つ青龍石という石を探しにアプロスより参りました」

 シオンは何事も無かったように淡々と語る。

 聖鬼はシオンを睨みつけ、胸元にあった首飾りを引きちぎって投げつける。

「そんなもの貴方にくれてやるわ!だから早くどっか行ってよ!貴方の顔など一瞬たりとも見ていたくもない!」

 教会跡には叫び声にも似た泣き声が支配していた。

(死者の魂を救い、生者の大切なものを奪った。正しい事をした・・・はずだ。大切な者の死はどれほどつらいか私は知っている。だけれども、だからと言って死者を愚弄するような真似はしてはいけないだろう?愛しているならばなおさら)

 シオンはやりきれない思いに自分自身を説得した。

 しかし、それは自分の考え方であって、聖鬼の考え方とは異なる。

 まして世界の真理ですらない。

 他者の多くの命よりも大切な者の命を選ぶことは決して間違いだとは言い切れなかった。

 かつてシオンもそうであったのだから。

 死霊の都クーリンより天上へと青い光の柱が放たれた。

 運命という名の鎖に翻弄された銀髪の天使。

 今、自らの力で運命を紡ぎだそうと天上へと舞い上がる。

 その名はシオン・ミカエル。


 

 レイはそそくさと下山した。

「ちょっと待ていぃ!それだと終わってしまうではないか!」

「せやな」

「これから玄武石を巡って白熱したバトルが展開されるのではないのか?」

「いいやん。ここ寒いし、もうどうでもええやん」

「なっ・・・何というやる気の無さ・・・お前それでも男か!目の前にはお宝くわえた狼さん。これはもう戦わなければならんだろう?」

「えぇー。そうか?」

「そうですよ。この者を倒し、玄武石を手に入れなければ元の世界へは戻れませんよ」

「そう、その通り。そこの剣、良い事を言う。褒めてつかわす」

 レイは嫌な顔一つして、

「別に儂、元の世界に戻らんでもかまへんねんけどなぁ」

「何言ってるんですか!」

「何を言っておるのじゃ!」

 自己主張するが、狼と剣に声をそろえて怒られてしまう。

「主には戻って神剣を集めていただくという使命があるのですから。お願いしますよ」

「その通りだ。今日はとびきり強い奴と戦える予感がして、楽しみにしていたのだ。つべこべ言わず儂と戦え!」

「いや、あんたの楽しみとか儂に関係あらへんし・・・」

「主、来ます!」

 巨大な狼が深い雪上をさっそうと疾走する。

 レイの眼前で狼の爪と神剣ミカエルとがぶつかろうとした時、狼に向かい光が走った。

 レイを守ろうとする刀剣達だった。

「戦うのが嫌だと言いながら罠を張っていたとはな。なかなかやるな、小僧」

「ちゃうって、体質やねん」

「そんな体質の奴がどこにいる?」

「ここにおる」

 雪煙を上げながら、両者は剣と爪をぶつけ合う。

「やはり小僧、ただ者ではない」

「あんたもな。ただの獣やないやろ?」

「ハッハッハッ。よくぞ見抜いた。儂は霊峰カールマンの王にして、最強の武を追い求める者。北天とは儂のことだ!!」

「おぉー。正解者には商品として玄武石を進呈・・・」

「するか!」

「けちやな」

「そんなに欲しいというのなら力ずくで奪ってみるが良い」

 轟く咆哮と共に再びせめぎ合いが始まる。

 あらゆる方向から際限なく襲いかかる刀剣、それをさっそうと避ける北天、そして雪に足を取られてろくに動けないレイ。

「ハッハッハッ。楽しいのぉ」

「全然楽しくねぇ」

「強きものと戦うことだけが儂の唯一の楽しみ。こうやって戦っているとゾクゾクするわ!」

「変態やな」

「さぁ、全力でかかって来い!この儂を満足させるために!」

「儂は・・・」

 レイのコートに北天の爪が傷をつける。

 そして、北天ののど元には白刃が突き付けられていた。

「儂は儂のためだけに生きる。他人のことなど知ったことや無い。自分の存在意義など常に自分自身の中にしか存在せえへん。他人は自分をはかる物差しでしかない。物差しがいくら変わろうと自分自身は本当は何も変わらん。確かに他人と比べ、自分自身を確認しなければ不安やろう。しかし、真に必要なのは自分自身の創造、故に他者と戦い競い合うことは無意味!」

 北天は静かにのどを鳴らす。

「フン。負けは負けだからな。約束通り玄武石を渡そう。しかし小僧、貴様の言っていることはただ他人から逃げているだけのようにしか聞こえん。他人との関わり合いを怖がっているだけのように」

「そうかもしれん。しかし、今更儂は生き方を変えられるほど器用やないねん」

「そうか。ならば何も言うまい」

 北天は腹に手を置き、えずく。

 そして、粘液まみれの玄武石が転がった。

 辺りを温かく穏やかな緑色の光が包む。

「き・・・きたねぇ」

 この日、霊峰カールマンより緑色の光が天へ放たれた。

 レイ・ラインゴット。

 彼は刀剣達に愛され、また彼も刀剣を愛した。

 その力が彼を幸せにしたとは決して言えない。

 しかし、彼は自身の力を憎むことはない。

 なぜなら彼はその力も自分自身の一部だということを知っているのだから・・・多分。


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