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七章  『四方より昇る光は天を穿つ』  -1-

「気がつきましたか?」

 つい先日、同じ人間から同じ言葉を聞いた。

 彼は寝ぼけたシオンの体を少し起こし、首に巻いてあった包帯を慎重に解いた。

「見たところ完全に治っていますが、どこか不具合でもありますか?」

 魔王はいつも通りの微笑みを浮かべてシオンの顔をのぞき込む。

「え?何ですか?」

 シオンがポツリと何か口にするが、声はあまりに小さくて聞き取れない。

 身を乗り出したその時、

「まだ眠い!」

「うわっ」

 あっけなく魔王は捕まり、ベッドへと引きずり倒される。

 多少抵抗するが、すぐに観念してシオンの腕の中におさまる。

(なんとも言えませんねえ・・・本当にこの人だけは何考えているのか分からない)

 シオンの顔にかかっている髪をかきあげなでる。

 髪についた血はきれいにふき取られ、艶のある髪はなでていてが心地よい。

 シオンは魔王を腕に抱きながら気持ちよさそうにまた夢の中へ旅立ってしまった。

(あの時、いつもの私ならば迷わず西王母を殺していただろう。あの時あんな行動に出たのは多分君のせいだと思う。恐らく君のおかげで私も少しは変われたようだ)

「ありがとう」

 魔王はシオンの唇に誘われるようにすっと自身の唇を重ねるのだった。


 

「気がつかれたのですか?」

「ええ、ですがすぐにまた眠ってしまわれました」

「そうですか。でしたら彼女についてに差し上げた方がよろしいのではないですか?」

 魔王は微笑む。

「もう傷もだいぶ癒えましたし、いつまでも私がここにいてはご迷惑でしょう。何しろ私の力は危険でしょうから、この世界にとっても」

「それは・・・」

「この世界にやって来てからも多くの命を奪いました。まるで宿命のように私は人を殺し続けている。時々私は他人の死を糧としなければ、生きていけないのではないかとさえ思うことがあります」

 魔王の微笑みは変わらない。

 西王母には彼の悲しみは癒すことはできないのだと、彼の微笑みを直視できず思い知る。

「私は・・・私は貴方がたに感謝しています。貴方がたがこの世界に来なければ、私は今でも大切なことに気がつかずにいたかもしれません。今回の事は全て王たる私の不明によるもの、貴方がたの責任ではありません」

 温かな手が西王母の頭をなでる。

「ありがとう。そう言ってもらえると少しは救われるような気がするよ。私もかつては王と呼ばれたことのある者だけれど、貴方のような良き王では無かった。私も貴方のようであればあの時もう少しうまく立ち回れたのかな?」

「私はそんな大層な人間ではありません」

 ブンブンと思いっきり首を振る西王母の様子が面白くて、魔王は声を殺して笑ってしまう。

 西王母は彼のその様子にはっとして顔を赤らめる。

「・・・ああ、すまない。私はそろそろ行くとするよ。もう少し貴方と話していたいという気もするけれど」

「・・・そうですね。私も貴方さえよければここに残っていただきたいのですけれど、仕方ありませんよね」

 西王母は穏やかに、そして少しさみしそうに微笑む。

 そのかわいらしさに魔王は思わずドキッとする。

「今、何かしましたか?」

「はい?何がですか?」

「いえ・・・何でもありません」

「それではお気をつけて」

「ええ、そちらも頑張ってください」

 この日聖都アプロスより白い光の柱が天へと放たれた。

 彼のその絶大な力は全ての世界の理をも覆す。

 故に人々は畏怖の念を込めて彼をこう呼んだ。

 漆黒の髪、金色の瞳を持つ魔王と・・・

 今、天帝の招致に応じ天へと駆けのぼる。


 

 一つの銃声がその場に置いてあった静寂を破る。

「ここには誰もいないと聞いていたんだが・・・」

 フランチェスカの目の前に立ち塞がる女の髪は原色に近い青をしていた。

 女は体操のレオタードのようなものを着ており、そしてその大きさから明らかに固定式であろう銃をライフルのようにして構える。

「私はアプロスより朱雀石という石を探し、このヤクシャまで参りました者です。転輪王という方にお目通りがかなうとありがたいのですが・・・」

 フランチェスカは地面に剣を突き刺して、戦う意思がない事を示す。

 女は依然として崩れ去った建物の上から巨大銃を構えたままである。

「転輪王様は今深い眠りの中にいらっしゃる」

 再び訪れた静寂を澄んだきれいな声が破った。

「故に何人も転輪王様の眠りを妨げることはならぬ」

「そこを何とか・・・」

「ならぬ」

 およそ十センチほどの弾丸がフランチェスカの手前の地面をえぐる。

 衝撃で突き刺さっていた剣がクルクルと宙を舞った。

「何としても朱雀石が欲しいという訳ではないが・・・」

「そのような石は知らぬ。さっさと去れ」

「売られたケンカは買わねばならんだろ!」

「売った覚えは無い」

 フランチェスカはクルクルと回る剣をつかむと、走り出した。

 空気を揺らしながら銃弾は地面をえぐっていく。

 体を左右に振りながらそれらをかわしていくが、砂塵が煙幕の代わりとなって、女のいた場所にたどり着いた時にはもうその姿は無かった。

 忘却のヤクシャはかつては非常に科学の発達した都市であった。

 しかし、それ故に滅んだ都市であった。

 幾何学的な建造物は今や道を塞ぐ瓦礫と化している。

 遥か昔の事なので当然どのように滅んだのか知る者も無い。

 住む者も無く、その名の通り人々に忘れられた都市であった。

(あの女、何処へ行った?)

 枝状に広がる路地を探りながら、フランチェスカはかつてのメインストリートを疾走していた。

(人が頭を下げて頼んでいたのに攻撃してくるなんてどういうつもりだ?おかげで中に砂が入って気持ちが悪いったらない)

 実際に頭を下げてなかったので何とも言えないが、あの青い髪の女はフランチェスカを不機嫌にしたのは間違いない。

(それに何?あの服装は?自分の方がスタイルがいいと自慢したい訳?確かに私は胸は無い方だけれど・・・ええい、気に食わないわ)

 今はただずんぐりむっくりした甲冑姿であるフランチェスカには関係ないように思えるが、やはり不機嫌にしたのは間違いなかった。

 あの青い髪の女を見つけたのは細い路地の奥だった。

 ただでさえ細い路地を両側の建物が倒れ重なり合ってさらに狭くしている。

(しまった!)

 そう思った瞬間、既に遅かった。

 駆けこんだ路地の奥であの青髪の女は巨大な銃を構えていた。

 道が狭すぎて逃げる場所など無かったのだ。

 すかさず飛び上がろうとするが、左足を撃たれて前方へ転がり込む。

 起き上がろうとするフランチェスカに今度は右肩口へ撃ち込まれる。

 後ろへ吹き飛ばされそうになったのをバランスを整え踏みとどまる。

 しかし、それは間違いだった。

 もしそのまま倒れ込んでいたならば狙い撃ちにされずに済んだのから。

 まずはみぞおち、右太もものつけね、左鎖骨、そして頭部。

 そこまで撃ち込まれた時にはもうフランチェスカの体は後方の建物の壁にめり込んで姿は見えなくなっていた。

 しかし、銃声は止まない。

 女は砂塵の中の獲物の姿がはっきりと見えているのだろうか、銃についているスコープから目を離すことは無かった。

 女は撃つ度に起こるすさまじい反動をものともせず弾が切れるまで撃ち続けた。

 建物の中には傷一つない甲冑が仰向けに倒れていた。

 微動だにしないその甲冑を女は確認するように見つめていた。

 沈黙が数刻過ぎて、女が立ち去ろうとしていた時フランチェスカの体が動いた。

 そして、フランチェスカの放った拳を女が受け、組合いとなった。

 両者の力は拮抗、いや青髪の女の方がわずかばかり勝っていた。

「この馬鹿力が!!」

 いつの間にか体勢は逆となっていた。

「そんなに朱雀石とやらは大切なのだな」

「だから知らぬと言っておろう」

「だが、転輪王ならば知っているのだろう?」

「そうかも知れぬ。だが、転輪王様は今眠りの中にいるのだ。それを妨げる訳にはいかぬ」

「この石頭が!人がこうして頭を下げているのに、少しは譲歩しろ!!」

 フランチェスカは頭を下げた。

 女の額に向かって。

 女は少しうめき、フランチェスカを力任せに地面へとめり込ませた。

「この愚かものが!!」

 女の咆哮と共に彼女の右目が輝いた。

 瞳から放たれた光は熱を帯びており、その熱で建物の床がチョコレートのように溶けていく。

 それでもフランチェスカは依然として傷一つない。

「うおぉぉぉぉぉ!」

 さらなる咆哮と共にもう一段階深くフランチェスカは地面へとのめり込む。

 そして、右目の光の熱も強まった。

 建物自体が飴細工のように形を崩していく。

 女の体も自身の熱で多少皮膚が溶け、体内の金属部分があらわになっていた。

 女の二度目の咆哮から約五秒後、キーンという耳障りな音と共に彼女は機能を停止した。

 フランチェスカは重しとなっただけの女を払いのけ、ようやく抜け出す。

「人形・・・からくり人形如きが私に勝てると思ったのか!」

 女は答える訳でもなく、辺りをむなしさだけが漂った。

 耐え切れずフランチェスカは不格好なまま倒れている女を放って、その場を後にした。


 

『死都のクーリン、かつては神都クーリンと呼ばれ、この聖都アプロスと同様、いえそれ以上に栄えていました。クーリンを治める王、聖鬼は以前一度お会いしたことがあるのですが、大変聡明で、美しく、彼女を見ているとクーリンの栄えている理由が納得できるような方でした。ですが、三十年ほど前からでしょうか、神都クーリンには死霊がばっこし、死霊の都とまで呼ばれるようになりました』

『王を失い、正しき治世を行えず、亡者がはびこったということでしょうか?そうなると青龍石を得るのは難しくなりますね』

『いえ、聖鬼は生きています・・・聖鬼は私と同じく特殊な力を持っています。彼女の持つ力は死者の魂を操る力・・・死霊を操り、自らの民を傷つけるなど私にはあの聖鬼からは想像もつきません』

『しかし、それが真実だと・・・』

 西王母は静かにうなずき、肯定する。

『過去何度も調査団を派遣し、聖鬼が民の生気を集めて何かしようとしているようだということは分かりましたが、現在クーリンがどのようになっているのか詳しい事は何も・・・お役に立てず申し訳ありません』

『いえ、いいのです。例えその地がどんなに危険であろうと、行かない訳にはいかないのですから。それよりも私は貴方とこうして話をできたことが嬉しかったです』

『ええ、そうですね。私も貴方とお話ができて嬉しかったです。それではご武運を。それと彼といつまでもお幸せ・・・』

『彼?』

『黒髪の金色の瞳をした、背の低い方の方です。恋人同士なのでしょう?』

『恋人?ん?・・・恋人とは違うような』

『違うのですか?』

『反応が面白くてからかって抱きついたり、キスしたりはするけれど、愛し合っているというのではないような・・・』

『私はてっきり貴方と彼は恋人同士なのだと。それならば彼が旅立つ前に告白すればよかったわ』

『え?告白って?』

『えっと、あの、その、つまり私の気持ちを伝えるということで・・・』

 シオンにはよく分からなかったが、西王母のあわてふためいたり、もじもじしたりするしぐさがかわいらしかった。

 思い出してシオンの口元が思わず緩む。

 翼をたたみ降り立ったその地は禍々しい気に包まれていた。

「ここがクーリン」

 この都がかつて栄えていた事を証明するように、瓦解している建造物には金銀玉が散りばめられている。

 見るものが見れば宝の山なのだろうが、この世界には盗掘するような輩はいないのだろうか?

 それとも何らかの理由があってこの都から何も持ちだせないでいるのだろうか?

 そんな事を考えながらシオンは軽やかに悪路を歩いていた。

「痛っ」

 何かに蹴つまずいてこけそうになる。

 一体何に引っかかったのだろうと振り返ると、一時前の疑問の答えはこれかと納得する。

 それは手だ。

 腐敗臭を漂わせながら他の部位も地表に姿を現す。

 髪は抜け落ち、地中にいたせいか、所々まだ人としての原形を留めている。

 のどの辺りに穴が開いており、ヒューヒューと音を立てながらシオンに近づいてくる。

「このゾンビを聖鬼が操っているのか?」

 目の前の死体は答えない。

 かわりにシオンを囲むようにして頭やら足やらが地面から生えてきた。

 ぬっと目の前のゾンビが手を出したのを反射で切り落とす。

 切り落とされた手は手だけではいずり回る。

 ゾンビ達の中には肉が完全に腐り落ち、骨だけの者もいるのでどうやらシオンと同じ死なぬようだった。

 ゾンビ達の動きは意外と俊敏で糸のついたマリオネットのような動きをする。

 哀愁漂ううめき声がクーリンにこだましていた。

「そう、苦しいのね。死んでもなおこの地に無理やりつながれているのだもの、当然よね。でも、大丈夫。私が今楽にしてあげるから」

 シオンはその身を光で包みながらゾンビ達を斬る。

 彼らは二度と戻らぬ灰へと姿を変えた。

「もう苦しまないで、もう悲しまないで、貴方達はもう人を殺さなくてもすむの。だから、心安らかに逝きなさい」

「ぐおぉぉぉぉ」

 彼らのうめきは歓喜、憎悪両方とも取れるような響きを持つ。

 シオンはまるで舞踏を舞うように彼らを灰へと変えていった。


 

「おぉ、寒い。寒い寒い寒い。寒いわ!」

 確かにそこは寒かった。

 霊峰カールマン、雪に覆われたその険しい山は軽く氷点下を下回る。

 話す度に息は凍り、のどには焼けるような痛みが走る。

 にもかかわらず、レイは飽きもせず何度も同じ言葉を口にする。

 フランチェスカがいればとりあえず殴られているだろう。

「おぉ、北天のやろー。出てきやがれ。こんちくしょうー・・・コン、畜生・・・キツネかー」

「こんなところに何の用だ?」

 息も絶え絶えに馬鹿なことを叫んでいると、頂の方から声をかけられた。

「いや、北天とかいう奴から玄武石っちゅう石をもらいにな」

 レイはこの世界では動物も話すのかと感心しながら答えた。

 それは熊ほどの大きな青毛の狼だった。

「そうか、それは残念だったな」

 狼は牙を見せ笑う。

「北天はもういない。玄武石とやらと共に儂の腹の中じゃ」

「そうか」

 そう一言言って、レイはそそくさと下山した。


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