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六章  『聖都アプロスにて』  −3−

「西王母様!」

 転がるように入ってきたのは、以前会った禿げ頭のリーダー格の軍人だった。

 白を基調とした軍服は血で汚れて見る影も無く、レイ達と一戦交えたのだろうか彼の右腕もない。

「西王母様。ご無事で」

「フィディアス?」

「貴様ら許しはせぬぞ。このフィディアス、一片の肉片になろうとも・・・」

「もうよいのです。フィディアス」

「?!西王母様?」

 乱れ髪に赤く目をはらし、壁にどでかい穴をあけられ、命に別状は無いのだろうが、かすかに傷が走っているのが見える。

 この状況でもうよいとはどういうことであろうか?

 フィディアスは理解に苦しんだが、主の命ならば仕方ないとなくなった右腕で敬礼し、身を引いた。

「フィディアス、現在の戦況はどうなっていますか?」

「はい。現在はこう着状態となっており、敵はこちらと距離を置いて近づいてくる様子はありません。なお第一、第二、第三部隊共にほぼ壊滅状態になっており軍隊としての働きは期待できません。そして、我が特殊部隊も同様に多数の死傷者が出ており、壊滅状態となっております。現在は負傷者の救助を最優先にしながら警戒中です。アプロス全体の死傷者となると千とも万とも知れませんが、士気は以前と衰えておらず、むしろ高い状態だと言えます。この今の状況であればあと一、二度の戦闘には耐え得ることもできましょうが、相手の出方次第では戦況は厳しいものになると思われます」

 そうですかと西王母は憂いの表情を浮かべた。

 いつもならどのような凶報でもどのような吉報でもその穏やかな微笑みは消えることは無かったというのに。

 やはり何かあったのだとフィディアスは思う。

「フィディアス、外にいる二人をここにお連れしなさい。後は私が何とかしましょう」

「?!西王母様!それはあまりにも危険です!ご自重ください!」

 西王母はひざまずくフィディアスの手を取り、自分の小さな手で包んだ。

「フィディアス、貴方は私を愛していますか?愛しているのならば私の事を信頼してはくれませんか?」

「何を?何をおっしゃっているのですか?」

「やはり愛してはいないのですか?」

「・・・愛しているとか愛していないとか今はそれどころではないはずです!私の心にあるのは忠誠心。敬い慕う心を愛情の一種だとするならば、愛していると言えましょう。しかし、今は私の心中よりも御身の安全の事をご心配ください!そう、私は貴方様を愛しているからこそ命をかけて守りたいのです!それは私だけではなくこの国の民全員が思うこと。守りたいと思えども、何故愛しているからこそ西王母様をむざむざ危険にさらさねばならないのです!」

 フィディアスは西王母の苦痛にゆがむ顔を見て、はっとする。

 思わず力の入ってしまった手を彼女の腕から離し、身を引いた。

「申し訳ございません」

「いえ、かまいません。ですが本当に信頼してはくれないのですか?私は本当に大丈夫ですから。お願いです、外の二人をここへ」

 そこにはいつもの西王母の微笑みがあった。

(何度この笑みに救われてきたことか。運命などはいつも苛烈で軽薄だ。生きることそのものこそ神が与えた試練に他ならない。しかし、前に進まねばならぬ。この笑みを守るために、いつまでも絶やさぬために。この笑みにいつも勇気をもらっていたのだ。そう、この笑みのために死のうと誓ったではないか)

 そのようなことを思いながらフィディアスは、この方をどこまでも信じてみようと思った。

 そして、了承の言葉を残し、シオンたちに一瞥くれて外へと向かって行った。


 

「西王母様、御命令通りお二人を連れてまいりました」

 フィディアスが西王母に向かって恭しく礼をすると、レイとフランチェスカはそれにならわずズカズカと入って行った。

「よう、お譲ちゃん。なんとかうまくいったみたいやな」

「はい、なんとか」

 魔王はミカエルの腕の中で静かに寝息を立てている。

「それで結局そいつが私達をこの世界に呼んだのか?」

「そいつではない!西王母様だ!」

 指差すフランチェスカにフィディアスが訂正する。

「いいえ。貴方がたをこの世界に呼んだのは私ではありません。貴方がたを呼んだのは天帝様。それ以外に考えられません」

「それでその天帝様とやらは何処におるんや?師匠が目ー覚ましたらすぐにでも会いに行きたいんやけど」

 西王母は静かに首を振る。

「天帝様にお会いになるには特別な方法を取らなくてはいけません。ですから、すぐにという訳にはまいりません」

「特別な方法?」

「はい、この世界は四方に四聖天と呼ばれる柱を支えに成り立っています。四聖天とはつまり、北天、聖鬼、転輪王、そして私、西王母。それぞれが国を治め、世を治めます。天帝様にお会いするにはその四聖天の持つ霊石、すなわち玄武石、青龍石、朱雀石、白虎石といわれる石が必要なのです」

「その四つの石を集めなならんちゅう訳か?面倒くさいな」

「一つの石につき一人だけが天帝様に御目通りかないます。ここに四人いらっしゃいますから一人だけなら大丈夫ですが・・・」

「ああ、せやったら師匠に行ってもらった方がええやろな。ややこしいことになったら四人の中で一番対処しやすいやろうから」

 皆が寝息を立てて眠っている魔王を見つめる。

 その穏やかな寝顔はその体に内在する力の影すら見せない。

「まあ、何にせよ師匠が元気になってからやな」

「そうなるな」

 ミカエルによってくりぬかれた穴から発砲音が聞こえた。

 それに続いて何かが目を覚ましたように次々と発砲音が続く。

 はっとしたように西王母は穴の方へ向かう。

「フィディアス!これは一体どういうことだ!」

 西王母の眼下には人の群れがあった。

 空に向かって銃を向け、口々に西王母の名を呼んでいた。

「私は彼ら二人を連れてくるよう命じたはずだ。民を連れてもう一度血を見たいと言うのか!」

「いえ、私は何も・・・」

 おろおろとするフィディアス。

 そして、

「民が自ら城に集まったとしか考えられません」

 と続けた。

「自らの王のためになおも命を捧げようというのだろう。西王母が良き王であったという証だ。愛されているのだろう、民に」

 そう言ってフランチェスカは剣を抜く。

「もう一度あいつらとやるんか?」

「仕方なかろう」

 西王母は両手を広げて、フランチェスカの前へと立ち塞がる。

「なりません。これ以上は」

「ならばどうする?このまま我々をかくまっていても彼らはここに乗り込んでくるぞ」

「それは・・・」

「貴様らの首でも差し出せばすぐにでも治まるのだろうがな」

「フィディアス!」

 フランチェスカは剣を収めて、自分の首をフィディアスに投げつける。

 兜の無い鎧と兜を交互に見つめる。

「こんなもので騒ぎが治まるのか?」

 フィディアスは話しかける手元の兜をおっかなびっくり投げ捨てる。

「なっ、ならば貴様が・・・」

「死にたいんやったらご自由に。運が悪ければ国が滅ぶけどそんでもええなら」

 重い沈黙がその場を包む。

「あの、私の首でも何とかなりますか?」

 皆の視線が沈黙を破ったシオンに向けられる。

 そっと魔王の体を床に横たえると、すっと立ち上がる。

「私、死にませんから大丈夫ですよ。ただ少し痛いですけど。でも、それで済むのなら我慢します」

「・・・すみません。ありがとう」

 申し訳なさそうに頭を垂れる西王母に天使の微笑みを向ける。


 

 壇上には西王母、フランチェスカ、レイ、そしてレイとフランチェスカに押さえ付けられたシオンの姿があった。

「今日この日、先日私が語った通り災厄が訪れました。災厄は多くの民の命を奪い、そして多くの悲しみが生まれました。しかし、皆がよく耐え、勇気を持って立ち向かったお陰で今この手にその災厄の根源たる者を捕らえることに成功しました。比類なき武を持つこの両者の心を操り、皆を恐怖へと陥れた根源が今ここに!」

 波のうねりのような歓声が上がった。

 ざわめきが全て過ぎ去ってから西王母は続ける。

「操られていたとはいえ、多くの民の命を奪ったこの両者には霊峰カールマン、忘却の都ヤクシャへと追放し、二度とこの地を踏むことを禁ずる。よろしいですね?」

 レイとフランチェスカは共に無言でうなずく。

 西王母は両者の意思を確認し、そして民を見つめる。

 様々な表情があった。

 しかし、反論する者は無い。

 それからこう続ける。

「そして、元凶たるこの者はこの場において、この両者の手によって斬首刑を執行する」

 ざわめき、歓声、そして沈黙が訪れた。

「すまんなぁ」

「大丈夫、苦しまぬように一瞬で終わらす」

 別れを告げ、白刃が振り下ろされる。

 フランチェスカの腕が良かったせいだろうか、それともレイが何かしたのだろうか、痛みなど感じずにシオンは意識を沈めた。

 そして、止まぬ歓声を聞きながら血の涙を流すのだった。


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