八章 『願いとその答え、そして・・・』
下にはいびつな菱形の大地があって、それを水が囲んでいる。
上には闇があって、所々を星によって穴を開けられている。
そして、中心には人の姿をした存在が天を仰いでいた。
少し前に一人の男が来て、そして去った。
いや、遥か昔の出来事だったろうか。
ともかくそれから時間が流れた。
「我は天帝なり、この世を統べる者。そして、ここは天上界、世界の中心となる場所」
下から光に包まれて現れた四人の存在を知ってか知らずか、天帝はそのように自嘲気味に漏らした。
「貴方が私達を呼んだのですね?」
濡れたように艶のある黒髪に、猫のような金色の瞳を持つ青年が問いかける。
「その通り。本来はこの場所に直接来てもらうつもりであったのだが、我の統べる地の様子を直に見てもらいたく、手間のかかることをした。申し訳ない」
「どうして私達をこの世界に?」
深紅の鎧に身を包んだ銀髪の天使が問いかける。
「四人のうち誰でもいい。私に成り代わりこの世界を統べて欲しい。貴君等もこの世界の荒れた様を見たであろう?大地は枯れ果て、海は腐りゆき、人々は絶望に打ちひしがれて血で血を洗う。木々は芽吹くのを忘れ、獣たちは楽園を目指して果てへ去る。我は世界を統べる力を持ち合わせてはおらぬ。しかし、貴君等はそれを持っている。お願いだ。この世界を救ってやってくれ」
抑揚のない、感情のこもっても無いように聞こえる嘆願は、涙を流し語る天帝には不似合いである。
「もし四人ともが断ったらどないなるんや?」
青い瞳を持つ、童顔でひょうひょうとした感じの男が問う。
「我と成り代わり神となれば、この世界は思うがまま。望む全てが手に入る。何故断る理由がある」
「くだらない。自分の思い通りになる世界など欲しがる訳ないだろう。全てが思い通りになるということは他人は自分の延長線上のものでしかなくなるんだぞ。この世に自分以外の者は実質いなくなる。そんな孤独な世界でどうやって生きろと言うのか」
闇よりも深い黒い甲冑が地に響くような低い声で批判する。
「それほど悪い世界ではないはずだ。力さえあれば死者をも蘇らせることもできる。例えば貴君が誰よりも愛し、そして裏切られた、殺してしまった者・・・生き返らせたくはないかね?やり直したいとは思わないか?」
フランチェスカが殺気だけで天帝を威嚇する。
常人であれば失神してもおかしくないほどの殺気。
しかしながらここには常人などいない。
話は弊害なく進む。
「失礼ですが貴方の言う力がその程度なら、残念ながら私には必要ありません」
「全てを消し去り、新たな世界に新たな大地を築くことができる」
「そのくらいならば私にもできますよ」
魔王ははっきりと言い切った。
その言葉に嘘偽りはない。
「そうか・・・では、話を戻そう。貴君は生き返らせたくはないかね?愛した人を」
「・・・」
「取り戻したくはないのかね?あの懐かしき日々を」
「・・・私は死ぬ時、この甲冑にミューズ様が元に戻ってくれるように願った・・・あの頃の幸せな時に戻りたいと願った・・・けれど・・・」
「何か問題があるかね?」
「けれど、私の思い通りにしかならないミューズ様は・・・何か違う気がする・・・」
「死者の魂をこの世に留めておくのは、死者への愚弄でしかない。死者を思う者に死者を苦しめることを何故望めと言う?」
天使は心の中で葛藤している甲冑の前に出て、守るように壁となる。
「死者が現世に留まると苦しむことになるのは、我がそう決めたからだ。新たに神となれば、その理を変えれば良い。ただそれだけのことだ」
「世界の理とは何らかの理由があって世界に存在する。理を創った者だからこそ、良くその理由が分かるはずだ。分かっていながら何故私達に勧める?」
「・・・貴君の世界の神をも蘇らせることができる」
「主はそのような事をお望みにならない」
長い沈黙があった。
その重苦しい空気を軽薄な声が破る。
「少しおもろいかもとも思ったんやけど、なんや神様っちゅうんもいろいろ面倒なんやな。儂もやっぱやめとくわ」
「・・・四人とも我に成り代わりこの世界を治めてはくれないのだな?」
各々が拒否の言葉を口にする。
「私では駄目なのだ。何故それが分からない・・・一体どうすれば良いと言うのだ」
抑揚のない叫び声がこだまする。
「・・・人は支配されることを望んではいません」
支配者は語る。
「そして、どんな絶望的な状況でも人は希望に向かって歩んで行けます。少なくとも私はそう信じている。だから・・・」
解放者は語る。
「別に何もせんでええんちゃうか?ただ身守っとくだけでかまへんと思う。何かせんとあかんと思うからあかんのちゃうか?」
鍵は語る。
「世界はただそこに存在しているだけでいい。そこでどんな生き方をしようとそれはその人達の選んだ未来。責任は貴方ではなく選び取った者達にある。例えそれがどんなに悲しい未来であっても」
世界は語る。
「我は人を見守っているだけでいいと?」
釈然としない神に四人が頷いた。
「それでは私達は元いた世界へ戻ります。この世界が貴方の思い通りにいくよう祈っていますよ」
魔王の力でこじ開けられた次元の穴に四人は消えていった。
四人が消えてもなお天帝はそこを見つめている。
「見守るだけ・・・人はそんな事を本当に望んでいるのか?・・・人がそれで本当に幸福になれると言うのか?・・・もしそうならば我のしてきたことは?我の存在は必要無いのではないか?」
苦悩し続ける神は、ずっと空と大地を見つめていた。




