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六章  『聖都アプロスにて』  −1−

「何や思ったよりも大きな街やな」

 その街の名は、聖都アプロス。

 中心に西王母の住む城があり、その周囲を様々な形式の家が囲んでいる。

 南北に小高い山があって、ちょうどヒョウタンのような形をした街である。

 街の姿がようやく見えたのは夜中。

 街の家々にはもう明かりは無く、月明かりに照らされた大きな街は、静かすぎて不気味ですらある。

「ほんまこっちの世界は、人が少なすぎて道聞くんも一苦労やで。まるで田舎にでも来たみたいや。まあ、儂としてはその方が都合いいこともあるけど。けど、コンビニぐらいあってもいいんやけどなあ」

「何を訳の分からないことを言っている。さっさと行ってあの人を連れて帰るぞ」

「へいへい。けども師匠の事やから儂らの助けなんて全くもって必要ないんかもしれんけどなあ」

 フランチェスカとレイの後をたどたどしく後をついていく。

 剣は腰にさげずに抱きかかえている。

「大丈夫か?」

 フランチェスカは立ち止り、振り返る。

 今日ここに来るまで何度同じ問いかけをしただろうか?

 シオンは、はいとだけ返事して、急いで追いつこうとする。

「ここで待っとってもらった方がええんちゃうか?」

「私は大丈夫です」

「本人に随行の意思があるのだ。それに彼の救出は我々二人だけの問題ではあるまい」

「でもな・・・」

「お前は本当にしつこいな。男ならうじうじ言うな」

「お嬢さん、元の世界で男らしいとか言われてなかったか?」

「お前はしつこい上に失礼な奴だな。勇猛果敢や、潔いなどは言われたことはあるが、男らしいなどという言葉は、誰にも言われたことはない」

「・・・そうか」

 再び歩き出そうとしたその時、街の方から何かが飛んできた。

 フランチェスカの腕は素早く剣を抜き、飛んできた何かをはたき落した。

「何や。儂等あんま歓迎されてないみたいやな。いや、これは盛大に歓迎されとうと考えるべきか」

 レイは拾い上げた銃弾を手の中で転がし、数十メートル先の街を眺めて、にやにやしている。

 フランチェスカが持っていた明かりを消すが、その後も容赦なく発砲は続いた。

 レイの足元の石が銃弾に撃ち抜かれて、暗闇の中のレイの影から数本の光が街へと飛んでいく。

 発砲は止む。

 間を置かずして、街の城門から人がわらわらと出てきた。

 ただ、月明かりの下では黒い塊のようにしか見えないが。

 やがて黒い塊がどんどんと膨れ上がり、レイ達のいる所からでもその大きさが分かる。

 人々の持つ松明の火がゆらゆらと揺れる目のようにも見え、さしずめ黒い大きな化け物といったところだ。

「しゃあないな。やるしかないか」

 足元から現れたやや大振りの剣を握りしめ、レイはほくそ笑む。


 

 暗くて、じめじめしていて、そのうえかび臭い地下室特有の環境のもと、金色の瞳を持つ魔王はいた。

 手足を鎖で縛られ、さるぐつわをかまされて目隠しまでされている。

 おそらく魔王の力を封じるためか、その拘束具の全てに文字のような模様が刻まれている。

 いや、拘束具だけではなく、壁、床、天井、そして鉄格子一本一本に至るまでその文字のようなものが刻まれている。

(どうやらこちらの世界では、保護と監禁は同意義の言葉のようですね。それともこの地域に限ったことなのでしょうか。まあ、どちらでもいいことではありますが。それにしても囚われの身というのも初めての経験ですが、あまり心地のいいものでもないし、決して興味本位でなるものではないですね。失敗しました・・・さて、そろそろ西王母様とやらにでも会いに行きましょうか)

「何だ?何事だ」

「いきなり楔の印が光りだして、それでその・・・」

「安心しろ。あれはほいそれと簡単に破れるものではない。問題はない。問題はないが、まあ、一応隊長には報告しておけ。何事も念には念を入れておくべきだろう」

「そうですか、分かりました」

 見張りの目の前の牢がエメラルド色の光を放っている。

 拘束具の紋様が光を放ち、魔王の体を締め付ける。

 見張りが諦めるように勧告すると同時に鎖にひびが入る。

 自身の鉄でできた体にひびが入ろうとも鎖は締めつけ続けようとするが、ついには耐え切れなくなって金槌で砕いたような音とともにその役目を終えた。

 魔王は目と口とを塞ぐものを取り、大きな伸びとあくびを一つする。

「さて、こんなところにいるのも飽きましたし、ちゃっちゃっと行きますか」

 怯える見張りに微笑んで鉄格子を破壊する。

 そして、腰を抜かした見張りを放っておいて、一路西王母のもとへ急ぐでもなく、とてとてと歩き出した。


 

「しゃあないな。儂の取って置きを見せたる。よう目ー見開いて見とけ。行け、鳳凰よ」

 強い揺れとともに地面が羽ばたいた。

 大地より巣立つ剣でできた銀色の鳥は緩やかにその翼を広げ、前方の黒い化け物へと向かう。

「何だ、あれは?!」

「何でもいい!取り敢えず撃ちまくれ」

 鳳凰は羽ばたく度に、その名に相応しく自身の身を赤く染め上げる。

 銃声と叫び声が絶え間なく響く。

 その様子を三人は遠くの方でただじっと見ていた。

「さて、そろそろ仕上げや!天に舞い、幾千幾万の魂をも導け!鳳凰!」

 緩やかに上昇していく赤黒い鳥。

「ほら、見てみろ。逃げていくぞ」

 農夫が鍬で鳥を指し言った。

「私達は勝ったの?・・・そう、私達は勝ったんだわ!」

 負傷者の手当てをしている医者らしき女が叫んだ。

「いいや。まだだ。悪しき者達はまだ倒れてはいない。この機に一気に攻め込む。皆、つらいとは思うが、どうか力を貸してくれ」

 白い軍服を着た青年が無くなった腕を縛りあげながら語る。

「そうよ、皆の西王母様だもの。皆で守らなきゃ」

 少女は親を見上げて、そう告げた。

 地響きのような掛け声とともに再び黒い化け物は動きだした。

 赤い松明の目はゆらゆらとさせながら勢いよく迫ってくる。

 その時雨が降った。

 赤い雨だ。

「逃げろ!身を守るんだ!」

 そんな言葉が空しく響いたのが聞こえた。

 しかし、身を守る術も逃げるところもありはしない。

 数千メートル上空から降り注ぐ数万の剣はいとも容易く人の体を貫く。

 死にあえぐ悲鳴は、遠く離れたシオン等のもとまでも届いた。

「・・・やり過ぎでは・・・」

「向こうが最初に襲ってきたんや。仕方ないやろ」

「しかし、限度というものが・・・」

 不意に強烈な死臭が鼻を刺激する。

 シオンは吹き出す嘔吐感に思わず口を押さえる。

「やっぱり連れてくるんやなかったんちゃうんか?」

 フランチェスカは答えず、シオンの背をさする。

「どうする?ここで待っているか?」

 鎧から低く優しい声が響く。

 シオンは体を震わせて答えられない。

「そうか・・・行くぞ!」

「へいへい」

 レイとフランチェスカはその場にシオンを残したまま、依然として巨大な黒い化け物へと歩き出した。


 

 強い死臭がその場を支配していた。

 何度吐けば楽になるだろう。

 シオンは自分の吐瀉物を見てそんなことを思う。

(遠くで惨劇を繰り広げる二人は自分と同じくこの世界に呼ばれた者だ。そう、同じだろう。自分はおそらくあの二人と同じく平穏と殺戮を繰り返し、そして何事も無かったように平然と生きている。そんなどうしようもない種類の人間なのだろう。しかし、今の自分は違う。あの人に鎖を解いてもらったのだ。むざむざ望んで殺人鬼に戻ることはない。そうだ、あの人に会いにここに来たのだ。それなのに何故殺し合いをしなければならない。何故こうなった)

 シオンは再び襲われる嘔吐感にえずく、もう既に胃の中のものなどなく多少の体液が口からしたたるだけだった。

(そもそもあの人に会いたいと思ったこと自体間違いだったのだろうか)

(決してそんなことはないと思いますよ。シオン)

「だ、誰?」

 顔を上げ、辺りを見渡すがそばには誰もいない。

(私は神剣ミカエル)

 はるか遠くでレイという男の手の中にやや大振りの剣が血まみれになって握られている。

(あの時私は貴方とは違い、運よく神を殺すことなく済みました。当然裁かれるべき私を神は許し、この私に自分の思うように生きろとまでおっしゃいました。貴方の世界でも神が生きていたならば、同じことを言ったはずです。だから・・・)

(でも、もう私の世界には神はいないんだ。私がこの手で殺してしまったんだから。貴方の罪の深さが違う)

(いいえ、違いません。私の世界にも神はもういません。神はあの時まだかすかに息のあった者を救うために皆を剣に変え、消えてしまったのです・・・いいえ、私が神を消してしまったのだと言っていいでしょう。私もまた貴方と同様に罪深い存在なのです)

(・・・)

(自分に正直に、思うように生きなさい。私が貴方に言えることはそれだけです。もう一人の自分、シオン・ミカエル)

 シオンは酸味のある唾を飲み込み、剣を抜いた。

 刀身に瞳を映しながら神の暖かな優しい顔を思い出していた。

(そういえば私に斬られた時でさえ穏やかな顔をしていたっけ。遥か昔から私は悠久の時を彼を求め、彷徨い続けていた。一番会いたかった人、しかし彼はもういない)

 ふと神の顔が違う者の顔と重なる。

(今・・・会いたい人・・・そうか、そういうことか)

 シオンの口元が思わず緩む。

「主とあの人は何となく似ている。姿形ではなく、彼の持つ雰囲気が。主の面影を彼に重ねていると言ってしまえばそれまでだろうが。しかし、納得いく。だから、だからこそ私はこんなにも彼に会いたいと思ってしまうのか」

 興奮のあまり誰に言うでもなく自分の出した結論を口にする。

 それならば仕方ないじゃないかと不敵に笑って、その場を駆けだした。

 これからしようとする血なまぐさい事を分かってはいたが、足取りは軽かった。


 

 爆音とともにその部屋の壁が崩れ落ちた。

 その部屋の奥の玉座には彼女が鎮座していた。

「やはり来ましたね。大いなる力を持つ者よ」

「すみません。ノックもせずにお邪魔して」

「いえいえ、構いませんよ」

 玉座の少女は柔和な雰囲気を醸し出し、包み込むような存在感を持つ。

 しかしながら、その存在感とは逆に彼女の幼すぎる容姿は、多少アンバランスなものも感じる。

「率直にお聞きします。私達をこの世界に呼んだのは貴方ですか?」

 少女は微笑む。

「いえ、私にはそのような力は持ち合わせていません。貴方達をこの世界に導いた者がいたとすれば、それは我等が神、天帝様以外にいらっしゃらないでしょう」

「そうですか。では、私だけ捕らえたのは何故ですか?それも天帝とやらの意志なのですか?」

「貴方を捕らえるように命じたのは私です。貴方方を何故この世界に呼び出したのか、天帝様の意図は私には分かりませんが、貴方の力があまりにも大きすぎること、そしてその力がこの世界の脅威になることだけは分かります」

「なるほど。では、最後にその天帝の居場所・・・」

 魔王が西王母の瞳を捕らえた瞬間、ドクンと心臓が高鳴った。

 そして鼓動は早くなり、相手に聞こえるのではないかと思うほど大きく打つ。

 胸を甘く痛みが締め付けた。

「一体何をしたのですか?」

 魔王は彼女の瞳から目をそらすことはできなかった。

 彼女に向けて掌を向ける。

 その場の空気が数度下がった。

「何もしてはいませんよ。それよりも手が震えていますよ。大丈夫ですか?」

 優しく西王母が微笑む。

 魔王は明らかに動揺して震える腕を抱え込み、膝をついた。

(怖いのか?いや、そんな馬鹿な。この私が相手に畏怖の念を抱くなんて信じられない・・・いや、これは恐怖などではない!・・・これは・・・)

「もう既に知っているでしょうが、外で貴方の仲間と私の民とが争っています。愚かなことです。お互いを慈しみ合い、愛し合えば、争うことはなくいがみ合うことも無いでしょうに」

「しかし、民は貴方のために戦っているのでは?民は貴方を愛し、それ故に貴方を守るために戦っている」

「そうですね。私を愛するが故に愚かだと知りながらも戦わずにはいられない。今の貴方にだったらよく分かるでしょうね。だって・・・」

「貴方を愛してしまったから・・・」

 西王母は優しく穏やかに、そしてひどく冷めた微笑みを浮かべた。


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