第4話:解けた糸と、安らぎの微睡み
結局、ヴァルガは出されたスープを三杯も平らげてしまった。
限界まで縮こまっていた胃袋が満たされ、体が内側から温まると、今度は急激な眠気が襲ってくる。
「よく食べたわね。はい、これで顔と手を拭いて」
シズルが湯気を立てる温かいおしぼりを渡してくれた。
受け取って泥や血の汚れを拭き取ると、布からハーブの爽やかな香りが鼻を抜ける。染み付いていた戦場の鉄錆のような匂いが、自分の中から少しずつ消えていくのがわかった。
「傷口、少し見せてね」
シズルが丸椅子から身を乗り出し、ヴァルガの右腕に巻かれた布をそっと解く。
間近に寄った彼女から、ふわりとあの甘く落ち着く匂いが香った。屈みこんだことで、ゆったりとした襟元から覗く透き通るような白い肌と豊かな起伏に、ヴァルガは慌てて視線を逸らす。
だが、そんな男の動揺には全く気づいていない様子で、シズルは真剣な顔で傷口を確認した。
「うん、綺麗に塞がってる。やっぱり大したことなかったわね」
「……俺の腕の惨状を知る奴が見たら、あんたが神様に見えるだろうよ」
「やだ、大げさね。庭の草をすり潰しただけだってば」
呆れたように言うヴァルガに、シズルはくすっと笑って新しい布を巻き直した。
それから、ふと彼女の動きが止まる。
「ねえ、あなた。ずっと、気を張って生きてきたんでしょう?」
不意に、シズルの手がヴァルガのゴツゴツとした頭を、ポンと優しく撫でた。
子供をあやすような、それでいて深い慈愛に満ちた手つきだった。
「なっ……」
「わかるわよ。私も昔、心がすり減るまで働いて、全部が嫌になったことがあるから。……生きるために戦うのは立派だけど、自分を壊してまでやることなんて、この世には一つもないのよ」
シズルの声は、静かに、けれど真っ直ぐにヴァルガの胸の奥底に届いた。
「ここは安全よ。誰もあなたを襲わないし、誰の顔色を伺う必要もない。だから、今はただ……お休みなさい」
ポン、ポン、と。
規則正しいリズムで肩を優しく叩かれる。
まるで、強張った筋肉と一緒に、心に巻き付いていた重たい鎖まで外していくような心地よい手つき。
(……あぁ。俺は……)
いつからだろうか。剣を抱かず、誰かの温もりを感じながら眠りにつくのは。
常に裏切りと死の恐怖に怯え、気を張って生きてきた日々。
それが今、この名も知らない美しい女の手によって、魔法のように解かされていく。
ふいに、視界がぼやけた。
ポロリ、と。
無骨な頬を、一筋の熱い雫が伝い落ちる。
泣くなんて、いつ以来だ。いや、誰かに優しくされて涙を流すことなんて、これまでの血塗られた人生で一度たりともなかった。
ヴァルガは慌てて太い腕で目を覆い、顔を背けた。
シズルは何も言わず、見て見ぬふりをするように、ただ優しく彼の背中をトントンと叩き続けた。
やがて、丸太小屋の中に、規則正しく穏やかな寝息が響き始める。
何十年ぶりかの心からの安らぎを得て、歴戦の傭兵は、泥のような……けれど、ひだまりのように温かい深い眠りへと落ちていった。




