第4話:サウナ上がりの「一杯」と、鎧を脱いだ夜
ひとしきり泣いて、心の中に溜まっていた毒素をすべて吐き出したミランダは、ひどくすっきりとした顔をしていた。
「……すまねえ、シズル。いい大人が、見苦しいところを見せちまったな」
「いいのよ。大人の女性だって、たまには思いっきり泣いて、心の中をデトックスしなきゃやってられないわよ。……さあ、心の涙を流した後は、身体の汗を流しにいきましょうか」
シズルがニッコリと微笑みながら指差したのは、夕闇に包まれた庭の片隅で、静かに湯気を立てている総香柏造りの小さな小屋――大工のガストンが執念で建てた、あの『サウナ小屋』だった。
「サウナ……さっきヴァルガが言っていたやつか」
「ええ。ミランダさんのように、長年身体を酷使して、関節や筋肉がガチガチに強張っている人にこそ、最高の特効薬よ。ティセちゃん、お風呂の準備をお願いね」
「はいっ、お姉さん! 薬草のアロマ水、たっぷり用意してあります!」
ミランダは促されるままに衣服を脱ぎ捨て、腰に大きな布を一枚巻いた姿で、サウナ小屋の扉を開けた。
「うおっ……! なんだ、この熱気は……っ」
中に入った瞬間、香柏の芳醇な香りと共に、濃厚な熱風がミランダの全身を包み込んだ。
ベンチに腰を下ろすと、シズルが煮出してくれた特製の薬草アロマ水が、炉の熱い石の上へと注がれる。
ジュゥゥゥゥッ!!
けたたましい音と共に、一気に大量の瑞々しい蒸気が小屋の中に充満した。
強烈な熱波が肌を突き抜け、筋肉の奥深くまで直接浸透していく。
普段、ダンジョンでの過酷な戦闘で緊張しきっていたミランダの交感神経が、その圧倒的な熱と薬草の香りの前に、急速に降伏していくのがわかった。
(すげえ……。毛穴という毛穴が一気に開いて、身体の芯に溜まってた冷えや痛みが、汗と一緒に全部搾り出されていくみたいだ……っ)
十分ほど入り、限界まで身体を温めたミランダは、サウナ小屋を飛び出した。
目の前には、巨大な木樽にたっぷりと張られた、山からの冷たい湧き水。
「頭から掛け湯をして、ゆっくり浸かってね」というティセの声に従い、ミランダは木樽の水風呂へとザブンと身体を沈めた。
「……っ!!!!」
一瞬、息が止まるほどの衝撃が走る。
しかし、数秒もすると、身体の表面に温かい膜(羽衣)が張ったような不思議な感覚に陥り、冷たさは極上の心地よさへと変わった。
水風呂から上がり、ウッドデッキに並べられた木製のリクライニングチェアに深く身体を預ける。
山のひんやりとした夜風が、濡れた肌を優しく愛撫していく。
その瞬間だった。
(……あ、あぁ……)
頭の中が、真っ白になった。
ドクン、ドクンという規則正しい心臓の鼓動だけが、大自然の静寂の中で心地よく響いている。
視界がぐらりと揺れ、自分が地球と、この森の自然と一体化していくような、強烈な浮遊感。
脳内に、言葉にならない圧倒的な多幸感と、絶対的なリラックスの波が押し寄せてくる。
「これが……ヴァルガの言っていた……『ととのう』ってやつか……っ」
ミランダは夜空に輝く満天の星々を見上げながら、深く、深く息を吐き出した。
三十代後半を迎え、これからの人生への漠然とした不安、衰えていく肉体への絶望。それらすべての『精神的な鎧(重圧)』が、サウナと冷水、そしてシズルの薬草の力によって、完全に浄化されていく。
「お疲れ様。はい、サウナ上がりの特製ハーブ水よ」
チェアの横に、シズルがキンキンに冷えた竹のコップを置いた。
中には、冷たい湧き水に特製の蜂蜜と、レモンのような果汁を絞り、さらに肝臓に良いミント系の薬草を浮かべた、特製の水分補給ドリンクが入っていた。
ミランダはそれを受け取り、ゴクゴクと一気に喉へと流し込んだ。
「……っ!!! ぷはぁぁぁぁっ!!! ウンめぇぇぇぇ!!!」
目をひん剥き、コップを空にする。
極限まで乾いた身体に、冷たく甘酸っぱい液体が細胞一つ一つに染み渡っていくような、暴力的なまでの爽快感。
「最高だ……。シズル、あんたは本当に、とんでもねえ魔女だな」
ミランダは、チェアの上で完全に魂を抜かれたようなだらしない笑顔を浮かべ、夜の森の風に身を委ねるのだった。




