第5話:女冒険者の新たなキャリアと、最高の飲み友達
数日後。
ランズベリーの街にある冒険者ギルドの館長室。
「……そうか。本当に、第一線を退くんだな、ミランダ」
ギルドマスターが、机の上の書類を見つめながら、寂しげに、しかしどこか安堵したように呟いた。
そこには、ミランダが提出した『Aランク冒険者・現役引退届』の紙があった。
「ああ。身体の限界は、自分が一番よくわかってる。未練たらしく最前線にしがみついて、魔物の腹の足しになるのは御免だからな」
ミランダは、すっきりとした晴れやかな笑顔で答えた。
以前の彼女にあった、何かに追われるようなピリピリとした殺気は完全に消え去り、大人の女性としての余裕と、健康的で美しい肌ツヤが戻っていた。
「それで、引退後はどうするんだ? 王都のギルド本部から、教官としての引き抜きの話も来ているが……」
「いや、王都へ行く気はない。……実は、ランズベリーの領主様から直々に、面白い割りのいい仕事を提案されてな」
ミランダは腰に手を当ててニヤリと笑った。
「新設される『ランズベリー街営警備隊・特別夜間巡回部隊』の隊長職だ。昼間は若い奴らに訓練をつけて、夜は街の路地裏の治安を軽く見回るだけ。……何より、勤務地がこのランズベリーってのが最高に気に入った」
それは、女騎士エリノーラが所属する騎士団とも連携する、街の防衛の要となる役職だった。
冒険者としての豊富な実戦経験と指導力を活かしつつ、肉体的な負担は激減する、今のミランダにとってこれ以上ない完璧なキャリアチェンジだった。
もちろん、この異例の好条件の裏には、大商会長のローウェンが裏から手を回し、エリート官僚のクラウスが領主へ政治的な圧力をかけたという『シズル防衛軍』の暗躍があったのだが、ミランダはそれを薄々察しつつも、苦笑して受け入れることにした。
なぜなら、その仕事であれば。
「週末の非番の日に、真っ先にあの『魔の森の山小屋』へ遊びに行ける」からだ。
◆
その週末の夜。
シズルの山小屋のウッドデッキには、いつにも増して賑やかで、楽しげな笑い声が響き渡っていた。
「ガッハッハ! 見ろよミランダ! 俺の担いできたこのイノシシ肉、最高のあぶり焼きになってるだろ!」
「ヴァルガ、お前は相変わらず肉の焼き方だけは一流だな。ほれ、シズルが作ってくれたこの『特製薬草つくね』を食ってみろ、飛ぶぞ!」
「ちょっとミランダさん、ヴァルガさん! お酒が進みすぎているからって、夜更かしは禁物ですよ! 明日は一緒に朝の畑仕事を手伝ってもらうんですからね!」
ティセがエプロン姿でぷんぷんと怒りながら、二人のグラスに冷たいハーブ水を注いでいく。
テーブルの上には、ローウェンが王都から仕入れてきた最高級の酒と、ガストンが新設した東屋の下で、エリノーラが幸せそうにショートケーキを頬張っている。
フェリアがウッドデッキの手すりに寄りかかり、夜の森に向けて、静かで美しいハミングを響かせていた。
「ふふ、みんな楽しそうね」
シズルは温かい紅茶のカップを両手で包み込みながら、賑やかな食卓の輪を見つめていた。
ミランダは、黄金色の果実酒のグラスを片手に、シズルの隣へと歩み寄った。
「シズル。改めて、ありがとうな」
「何がかしら?」
「あんたが、私のあの重い『鎧』を脱がせてくれたおかげで……私は今、人生で一番、美味い酒が飲めてる。何者でもない、ただの酒好きのミランダとして生きるのが、こんなに心地いいなんて思わなかったさ」
ミランダはそう言って、シズルのグラスにカランと自分のグラスを合わせた。
「これからは、街の警備隊長として、この山に近づく怪しい奴らは私が全員叩き潰してやるからな。……だから、これからも、この最高の居酒屋(家)を続けてくれよ、女将さん」
「ふふ、物騒な用心棒ね。でも、頼りにしてるわ。美味しいおつまみなら、いくらでも作ってあげるから」
二人の大人の女性は、満天の星空の下で、悪戯っぽく笑い合った。
かつて心をすり減らし、限界まで戦い続けてきた大人たち。
居場所を失い、化け物と罵られていた少女。
彼らは皆、この魔の森の奥深くに建つ、ののほんとした女性の山小屋で、本当の『癒やし』と『無条件の肯定』を知った。
国家権力に守られ、
経済に支えられ、
武力で防衛され、
技術で快適になり、
芸術とアシスタント(ティセ)が彩る、世界最強の『過剰防衛スローライフ』。
伝説の薬師『神代の魔女』シズルを巡る、賑やかで、甘やかさに満ちた穏やかな日常は、これからもこの深緑の森の奥で、絶えることのない笑い声と共に、どこまでも続いていくのだった。




