第2話:黄金の果実酒と、肝臓を労わる極上おつまみ
「はい、冷たいおしぼりです。どうぞ!」
「お、おう。ありがとう、お嬢ちゃん」
ウッドデッキのチェアに腰を下ろしたミランダに、紫色の右目を持つ可愛らしい少女が、氷水でキンキンに冷やされた布巾を手渡してくれた。
ミランダは戸惑いながらそれを受け取り、顔と首筋の汗を拭った。
ひんやりとした感触と共に、布巾から漂うミントのような爽やかな香りが、山登りで火照った身体と、気を張っていた神経をスッと静めてくれる。
(……本当に、ここはなんなんだ。王都の高級宿屋でも、ここまで至れり尽くせりじゃないぞ)
ミランダは周囲を見回した。
大自然の緑に囲まれた美しいウッドデッキ。横にはガストンが増設したという『サウナ小屋』があり、そこから微かにヒノキの香りが漂ってくる。
魔物が行き交うはずの魔の森の奥深くにありながら、ここだけが完全に別の世界線に切り取られたような、絶対的な安全と平穏の結界が張られているかのようだった。
「お待たせしました。ミランダさん、お酒は強い方?」
「あ? ああ、酒なら浴びるほど飲んできたさ。冒険者の数少ない娯楽だからな」
キッチンから戻ってきたシズルが、木製のお盆をテーブルに置いた。
そこには、氷がたっぷりと入ったガラスのグラスと、黄金色に透き通る美しい液体が入ったデキャンタ。そして、小鉢に盛り付けられた数種類の『おつまみ』が並んでいた。
「よかった。でも、浴びるほど飲んできたってことは、少し『肝臓』がお疲れかもしれないわね」
シズルはふわりと微笑みながら、グラスに黄金色の液体を注いだ。
トクトク、と涼しげな音が響き、甘酸っぱい果実の香りがフワリと立ち上る。
「これはね、この森で採れた野苺と、柑橘系の果実を、蜂蜜とお酒でじっくり漬け込んだ『特製の果実酒』よ。アルコール度数は少し高めだけど、すごく飲みやすいの。……はい、乾杯」
「か、乾杯……」
ミランダは、自分のゴツゴツとした傷だらけの指で、その美しいグラスを受け取った。
(果実酒、か。……若い娘が好むような、甘ったるいだけの酒だろう。私みたいな擦れっ枯らしには、もっと強い火酒の方が合ってるんだがな)
そう思いながらも、せっかくの厚意を無下にはできず、ミランダはグラスに口をつけた。
「……っ!!」
一口飲んだ瞬間、ミランダの目がカッと見開かれた。
想像していたような、ベタつくような甘さではない。
野苺の華やかな香りと、柑橘の爽やかな酸味、そして喉の奥をカーッと熱くする、極上の蒸留酒の強烈なキック力。
甘さと酸味、そしてアルコールの強さが、信じられないほど完璧なバランスで調和している。
「美味い……! なんだこれ、すげえ美味いぞ……っ!」
「ふふ、本当? よかった。おつまみも食べてみて」
シズルに勧められ、ミランダは小鉢の一つに手を伸ばした。
それは、細かく叩いた鶏肉に、青々とした葉野菜(薬草)を練り込んで焼かれた、一口サイズの『つくね』のようなものだった。甘辛いタレが絡められ、食欲をそそる香りがしている。
ミランダはそれをヒョイと口に放り込んだ。
肉の旨味とタレの甘辛さが口いっぱいに広がった直後、練り込まれた薬草の成分が、ピリッとした大人の苦味と清涼感をもたらした。
「……美味い。肉の脂っこさを、この草の風味が完全に打ち消してやがる。酒が無限に進む味だ」
「それは『ウコン』と『シジミ草』っていう、肝臓の働きを助けてくれる特製の薬草を練り込んであるの。お酒を飲みながらでも、身体の毒素を分解してくれるから、悪酔いしないし、明日もスッキリ起きられるわよ」
「酒を飲みながら、身体が治っていく……? そんな馬鹿な」
ミランダは半信半疑のまま、二口、三口と果実酒を煽り、つくねを頬張った。
だが、シズルの言葉は真実だった。
普段なら、度数の高い酒をこれだけ早いペースで煽れば、すぐに胃の奥が重くなり、頭の芯がぼんやりとしてくるはずだ。
しかし今、彼女の身体に起きているのは、アルコールの心地よい高揚感だけ。
酒を飲めば飲むほど、長年蓄積されていた内臓の疲労――特に、安酒で酷使し続けていた肝臓の重苦しさが、嘘のようにスッキリと浄化されていく感覚があった。
「すげえ……。ヴァルガの奴が言っていた『奇跡』ってのは、ハッタリじゃなかったんだな」
「もう一つ、これもどうぞ。特製のお野菜のピクルス(酢漬け)よ。疲労回復に効くお酢を使ってるの」
出されたピクルスを囓ると、ポリッという小気味良い音と共に、酸味と旨味が弾ける。
関節に溜まっていた乳酸(ファンタジー世界における疲労物質)が、お酢の力でシュワシュワと溶かされていくような錯覚に陥った。
「あぁ……たまんねえ。最高だ」
ミランダは、椅子の背もたれに深く体重を預けた。
大自然の澄んだ空気。極上のお酒と、身体を内側から労ってくれる最高のおつまみ。
そして、目の前には、自分を全く『Aランクのベテラン冒険者』として特別扱いせず、ただの飲み友達のように接してくれる、美しく穏やかな大人の女性。
戦いの中で常に張り詰めていたミランダの心の鎧が、音を立てて崩れ落ちていく。
いつしか彼女は、ギルドの酒場では絶対に見せないような、すっかり隙だらけの、だらしない笑顔を浮かべていた。
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