第5話:初めての弟子と、賑やかな食卓
騒ぎが完全に収まり、男たちがエリノーラの手配した騎士団の馬車へと連行されていった後。
寝室のベッドの下で、毛布を被って震えていたティセは、恐る恐るリビングへと顔を出した。
「ティセちゃん、もう大丈夫よ。怖い人たちはみんな帰ったから」
シズルがしゃがみ込み、両手を広げて微笑みかける。
ティセの魔眼は、一部始終を壁越しに捉えていた。シズルを守るために現れた三人の人物から放たれる、恐ろしいほどの強大な魔力と権力の光。
だが、その強大な光たちは、シズルの前ではまるで大人しい子犬のように、優しく穏やかに寄り添っていたのだ。
(あのお姉さん、本当に……ただの薬を作ってる人じゃないんだ……)
ティセはフラフラと歩み寄り、シズルの胸にぽすんと飛び込むと、そのまま土下座をするように床に膝をついた。
「ご、ごめんなさい……! 私のせいで、お姉さんに怖い思いをさせて……迷惑をかけて……っ!」
彼女はポロポロと大粒の涙をこぼして泣いていた。
せっかく優しくしてくれたこの人を、自分のせいで危険な目に遭わせてしまった。あのまま叔父たちに見つかっていれば、シズルも傷ついていたかもしれない。
もう、ここに居てはいけない。元の孤独で過酷な世界に戻るか、一人で森の奥で死ぬか。そうしなければ、この優しい光を汚してしまう。
「私、出ていきます……! だから、嫌わないで……っ」
別れの言葉を口にするのは、身を引き裂かれるほど辛かった。
だが、ティセの小さな背中は、覚悟を決めて震えていた。
そんなティセの身体を、シズルは両手でぎゅっと、優しく力強く抱きしめた。
「迷惑なんて、一つもかかってないわよ」
「で、でも……っ!」
「それに、さっきの三人を見てたでしょう? あの人たち、私が何かする前に勝手に悪者をやっつけちゃうの。この山、見かけによらず結構セキュリティが厳重なのよ」
シズルはふふっと笑いながら、ティセの涙を親指でそっと拭った。
「だから、ここなら誰もあなたを傷つけない。あなたのことを『気味が悪い』なんて言う人は、一人もいないわ。……それにね」
シズルはまっすぐに、ティセの美しいアメジストの瞳を見つめた。
「一人でご飯を食べるより、誰かと一緒に食べたほうが絶対に美味しいし。薬草の仕分けだって、ティセちゃんの方がずっと上手だったもの。……私、優秀なアシスタントが欲しかったのよね」
「あ、しすたんと……? 弟子ってこと、ですか?」
「そう。明日からもずっと、私のお手伝いをしてくれるかしら?」
ティセの魔眼には、シズルから放たれる温かく巨大な光が、自分をすっぽりと優しく、そして永遠に包み込んでいくのが見えた。
もう、怯える必要はない。
自分の存在を否定されることも、痛い思いをすることもない。
ここは、自分がずっと求めていた、本当の居場所なのだ。
「はいっ……! 私、なんでもします! 一生懸命、お手伝いします……っ!」
ティセはシズルの首にすがりつき、今度は悲しみではない、嬉し涙を思い切り流して泣きじゃくった。
シズルは、まるで我が子をあやすように、いつまでも優しくその背中を撫で続けた。
◆
その日の夜。
シズルの山小屋の食卓には、いつにも増して豪勢な料理が並んだ。
「おう嬢ちゃん! このイノシシ肉の角煮ってやつ、とんでもなく美味いな! ローウェンが持ってきた『醤油』ってのがいい味出してるぜ!」
「ヴァルガ殿、あまりがっつくのはマナー違反だぞ! ……シズル殿、このショートケーキは最高です。心が洗われます……!」
「ふふふ。我が商会のネットワークに不可能はありません。シズル様、次は新鮮な海の魚を取り寄せてみせましょう!」
ヴァルガ、エリノーラ、ローウェンの三人が賑やかに酒や紅茶を飲み交わし、絶賛の声を上げる。
その横で、お風呂に入ってピカピカになり、シズルのお下がりのエプロンを着けたティセが、幸せそうに頬を膨らませて肉を頬張っている。
「美味しい……っ! ほっぺたが落ちちゃいそう……!」
「ふふ、ゆっくり食べてね。ティセちゃん、いっぱいお手伝いしてくれたから、ケーキも二つ食べていいわよ」
「えっ!? やったぁ!!」
満面の笑みを浮かべるティセの頭を撫でながら、シズルは温かい紅茶のカップに口をつけた。
(……ずいぶんと、騒がしいスローライフになっちゃったわね)
前世では、一人で静かに暮らすことだけを夢見ていた。
山奥でのんびりと、誰にも干渉されずに過ごす毎日。
だが、今はどうだろう。屈強な傭兵が肉を食らい、生真面目な女騎士がケーキに舌鼓を打ち、野心家の商人が醤油について熱く語り、魔眼の少女が笑顔で食卓を囲んでいる。
決して「一人きりの静寂」ではない。
しかし、かつて心をすり減らした大人たちと、居場所を見つけた少女の笑い声で満ちたこの空間は、シズルにとって、何よりも心地よいものになっていた。
「ま、こういうのも悪くないわね」
シズルはふわりと微笑み、窓の外の星空を見上げた。




