第4話:最強の防波堤(エコシステム)と、完全なる社会抹殺
「……な、なんだ、てめえら。どこから湧いて出やがった……!」
ティセの叔父は、突如として背後の森から現れた三人の異様な雰囲気に、一歩後ずさった。
雇ったゴロツキたちも、先ほどまでの下劣な笑みを完全に引きつらせ、構えていた粗悪な剣を震わせている。
無理もない。彼らのような裏社会のチンピラでなくとも、目の前に現れた三人が放つ『異常なプレッシャー』には、本能的な恐怖を抱かざるを得ないからだ。
「おい、犬がどうした……っ! 噛みつけ! そいつらを八つ裂きにしろ!」
叔父が叫び、鎖を引っ張る。
しかし、彼が連れてきた二匹の凶暴な猟犬は、すでに戦闘の意志を完全に喪失していた。犬たちは尻尾を後ろ足の間に深く巻き込み、「キャンッ、キュゥゥン……」と情けない悲鳴を上げながら、地面に腹をつけてひれ伏している。
動物の野生の勘は、人間よりもずっと正確に『絶対的な強者』を察知する。
猟犬たちの怯えきった視線の先にいたのは、身の丈をゆうに超える漆黒の大剣を肩に担いだ、歴戦の傭兵ヴァルガだった。
「チッ。犬っころの分際で、シズル嬢ちゃんの丹精込めた庭を踏み荒らそうってのか? ……ミンチにして、森の魔物の餌にしてやろうか」
ヴァルガが一歩、ズシンと足を踏み出した瞬間。
彼から放たれた、数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた本物の『殺気』が、物理的な重圧となってゴロツキたちを打ち据えた。
「ひぃっ……!?」
「ば、化け物……っ!!」
最も前にいたゴロツキの一人が、恐怖に耐えきれずヴァルガに向かって棍棒を振り下ろそうとした。
しかし、その攻撃が届くより早く、一陣の『銀色の風』が吹き抜けた。
――チャキリ。
澄んだ金属音が響いたかと思うと、そのゴロツキの持っていた太い棍棒が、まるで紙切れのように真っ二つに両断され、宙を舞っていた。
「え……?」
ゴロツキが呆然と自分の手元を見た時には、すでに勝負は決していた。
「動くな。それ以上、その薄汚い靴でこの聖域(庭)に踏み入るなら……次は貴様の首が飛ぶぞ」
冷徹に言い放ったのは、白銀の騎士鎧を身に纏い、美しくも冷酷な抜刀の構えをとる女騎士、エリノーラだった。
ランズベリー騎士団、第参部隊隊長。国境防衛の最前線で数多の魔物を斬り伏せてきた彼女の剣速は、ただのチンピラに視認できるような次元ではない。
「な、なんだお前らは!? 俺たちは正当な権利で、逃げ出した自分の姪を連れ戻しに来ただけだぞ! 他人の家の事情に口を出す気か!」
武器を破壊され、圧倒的な暴力の差を見せつけられた叔父は、顔を真っ青にしながらも必死に吠えた。
すると、エリノーラは氷のように冷ややかな目で叔父を見据え、鼻で笑った。
「正当な権利? 笑わせるな。貴様がティセという少女を虐待し、あまつさえ裏社会のオークションで『呪いの道具』として人身売買しようとしていた証拠は、すでに我が騎士団の諜報部が掴んでいる」
「なっ……!?」
「加えて、不法侵入に、善良な市民(シズル殿)への脅迫と殺害未遂。……貴様らは、すでにこの国の法の下で『重罪人』だ」
エリノーラの言葉に、叔父の膝がガクガクと震え始めた。
国家権力である騎士団に目をつけられていた。その事実だけで、裏稼業の人間にとっては死刑宣告に等しい。
だが、彼らへの制裁は、暴力と法によるものだけでは終わらなかった。
「ええ。その通りです。……ところで、あなたは確か『ガリクソン商会』の会頭でしたね?」
三人のうち、最も穏やかな――しかし、底知れぬ狂気を孕んだ笑みを浮かべて、若き大商会長ローウェンが進み出た。
彼は分厚い書類の束をペラペラとめくりながら、眼鏡の位置をくいっと押し上げた。
「あなたの商会、最近資金繰りが悪化し、方々の高利貸しから借金をしていましたね? 残念ですが、私の権限で、あなたの商会への融資はたった今、すべてストップさせました。加えて、あなたが抱えていた負債の債権は、すべて我がローウェン商会が買い取らせていただきました」
「な、なんだと……!? まさか、お前はランズベリーの……っ!」
「お察しの通り。……つまり、今のあなたは一文無しの『多重債務者』だ。しかも、裏社会での取引証拠は、すべて私が領主様に提出済み。今頃、あなたの店は騎士団によって完全に差し押さえられ、財産もすべて没収されているでしょう」
ローウェンは、悪魔のように美しい笑みを浮かべて、トドメの一撃を放った。
「あなたにはもう、帰る家も、商売の道具も、逃げるための金も、何一つ残されていません。……この森の土になるか、一生を暗い牢獄で過ごすか。お好きな方を選びなさい」
「あ、あぁ……っ、ああぁぁぁぁっ!!」
物理的な暴力(ヴァルガによる圧倒的威圧)。
国家権力と法(エリノーラによる逮捕権)。
そして、経済的抹殺(ローウェンによる財産の剥奪)。
三方向からの、一切の逃げ場を許さないオーバーキルとも言える制圧劇。
恩人であるシズルの平穏を脅かそうとした愚か者に対し、彼らは『シズル防衛網』としての真の恐ろしさを遺憾なく発揮したのだ。
ゴロツキたちは武器を放り出して土下座で命乞いを始め、叔父は絶望のあまり泡を吹いてその場に昏倒した。
エリノーラが懐から手錠を取り出し、鮮やかな手つきで男たちを縛り上げていく。
「……えっと。三人とも、今日はどうしたの?」
嵐のような制圧劇を、玄関のドアに手をかけたままぽかんと見ていたシズルが尋ねる。
すると、三人はこれまでの修羅のような表情を一瞬で消し去り、まるで飼い主を見つけた大型犬のように、パァッと満面の笑みを浮かべた。
「シズルさん! ご注文いただいていた最高級の『お醤油』と『お味噌』、そしてついでに極上の茶葉をお持ちしました!」(ローウェン)
「シズル殿! 街で一番人気の洋菓子店で、新作のショートケーキとマカロンを買ってきたぞ!」(エリノーラ)
「おう嬢ちゃん。最近森で、丸々と太った美味そうなイノシシが獲れてな。こいつで、またあのスープを作ってくれねえか?」(ヴァルガ)
彼らはただ、いつものように『神代の魔女』の元へ癒やし(と猛烈な甘やかし)を求めて、それぞれが手に入れた最高のお土産を持参して集まってきただけだったのだ。
その道中、たまたまシズルの家に押し入ろうとしていた不審者を見つけ、徹底的に排除したに過ぎない。
「あらまぁ! みんな、わざわざお土産までありがとう! ちょうどお醤油が欲しかったのよ!」
シズルは倒れている男たちには目もくれず、ローウェンが掲げる醤油の瓶を見てパァッと花が咲くように笑った。
その無防備で、どこまでもマイペースな笑顔を見て、三人の保護者たちは「あぁ、今日も我らが聖域は守られた」と、心の中で熱い涙を流して喜ぶのだった。




