第5話:神代の魔女の正体と、秘密の通い路
翌朝。エリノーラは、小鳥のさえずりと共にすっきりと目を覚ました。
「……信じられん」
ベッドから身を起こし、両手を握ったり開いたりしてみる。
身体が羽のように軽い。連日の討伐で骨の髄まで染み込んでいた疲労感は完全に消え去り、それどころか以前よりも力が湧き上がってくるような感覚すらあった。
(私は昨夜……シズル殿の胸で、子供のように泣きじゃくって……っ)
ふと昨晩の記憶が蘇り、エリノーラはボンッと音がしそうなほど顔を赤くして頭を抱えた。
泣き疲れて眠ってしまった自分を、シズルはおそらくベッドまで運んでくれたのだ。部下の前では常に厳格な隊長として振る舞ってきたというのに、いくらなんでも隙を見せすぎた。
「あ、おはようエリノーラちゃん。よく眠れた?」
リビングに顔を出すと、シズルがキッチンで朝食の支度をしていた。
『ちゃん』付けで呼ばれたことに一瞬戸惑ったが、シズルの柔らかい笑顔を見ると、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あ、ああ。その……昨夜は、見苦しいところを見せてすまなかった。それに、ベッドまで運ばせてしまって……」
「いいのよ。女の子はたまには思いっきり泣いて、デトックスした方がいいんだから」
ふふっと笑いながら、シズルはテーブルに朝食と、ずっしりと重い大きな麻袋をドンッと置いた。
「これ、頼まれてたお薬。部下の人たちの分なんでしょ?」
「こ、こんなにたくさん!?」
「ええ。庭の滋養強壮に効くハーブと、蜂蜜をたっぷり煮詰めたシロップよ。お湯で割って飲ませてあげて。ちょっと作りすぎちゃったから、全部持っていっていいわよ」
シズルにとっては「栄養ドリンクの原液」程度の認識で作ったものだった。
だが、あの入浴剤(という名の国宝級ポーション)の効能を身をもって体験したエリノーラにはわかる。この麻袋の中に詰まっているのは、間違いなく街の薬師では到底作れない『規格外の霊薬』だ。
「し、シズル殿。いくらなんでも、これをタダでもらうわけにはいかない! 騎士団の経費で、必ず支払いを……!」
「うーん、でもただのハーブの砂糖漬けだしなぁ……。あ、じゃあもし次にこっちに来ることがあったら、街の美味しいケーキでも買ってきてくれる? 山の中だと甘いお菓子が手に入らなくて」
困ったように笑いながら首を傾げるシズル。
伝説の特効薬の代償が、まさかの「街のケーキ」。
エリノーラは呆気に取られ、やがて、小さく吹き出した。毒沼の老婆を想像して怯えていた昨日の自分が、なんだかとても馬鹿らしく思えたのだ。
「……わかった。必ず、最高に美味いケーキを持ってこよう」
◆
その日の午後。
ランズベリー騎士団の駐屯地は、帰還した隊長エリノーラの姿に騒然となっていた。
「た、隊長!? その顔色、どうされたんですか!?」
「めちゃくちゃ肌がツヤツヤしてる……! 徹夜明けの死にそうな顔だったのに!」
どよめく部下たちを前に、エリノーラはわざとらしくコホンと咳払いをした。
「騒ぐな。それより、これを負傷者と疲労が溜まっている者に飲ませろ。お湯で割るんだぞ」
エリノーラが持ち帰ったシロップを一口飲んだ部下たちは、次々と信じられない光景を引き起こした。
「うおおおおお!? 傷口が一瞬で塞がったぞ!?」
「なんか身体の底から力が湧いてくる! 今ならレッドドラゴンでも素手で倒せそうな気がする!!」
「徹夜のダルさが完全に消えた! 隊長、これ一体どこで……!?」
劇的な回復を遂げ、活気に満ち溢れる騎士団員たち。
その光景を見つめながら、エリノーラは確信した。シズルこそが、間違いなく噂に聞く『神代の魔女』なのだと。
(だが……あの温かく優しい生活を、騎士団や国が知れば、彼女の平穏は奪われてしまう)
あの無防備でお人好しな彼女が、権力者たちに良いように利用される姿など、絶対に見たくなかった。
恩人の平穏は、自分が守る。
「……森の奥で、運良く珍しい薬草の群生地を見つけてな。私が調合したのだ。もうあの場所には草一本残っていないから、探すだけ無駄だぞ」
エリノーラは涼しい顔でそう嘘をついた。
◆
数日後。
非番の日を迎えたエリノーラは、私服姿でランズベリーの街の有名洋菓子店に並んでいた。
(よし、一番人気の苺のタルトが買えた。あとは、少し上質な紅茶の葉も買っていくか)
彼女の足取りは、羽が生えたように軽い。
あの重い鎧を着て、部下たちを引き連れていくわけではない。
今日は完全にプライベートな時間。ただ一人の不器用な女性として、あの優しく甘やかしてくれる年上のお姉さんの元へ遊びに行くのだ。
(また頭を撫でて……もらえるだろうか)
そんな騎士らしからぬ考えがよぎり、エリノーラは小さく首を振って赤くなった頬をごまかした。
過労の女騎士は、こうして『神代の魔女』の淹れる甘いハーブティーと、彼女が醸し出す圧倒的な甘やかし空間の、完全な虜となってしまったのだった。




