逆再生の音(4)
仕事終わり、夕方。楽人は羽生教会の前にいた。家から近いが、普段は全く気にしていない場所だ。
それもそのはずだ。住宅街に紛れ、一見少し大きめな家に見えるぐらいだ。近所のコンビニや美容院、整体にも紛れていまい、特別な宗教施設には見えないから不思議なもの。
「ここか……」
子供の頃、一時的に母につれたれてきた教会。ここに行けば何かわかるか。確か当時は中年の牧師がいたはずだった。その人はいるだろうか?
「え? 父のことか? もう半ば隠居状態で、この教会の牧師はわたしだ。羽生尋人という」
教会のチャイムを押し、出てきたのは三十代前半ぐらいの男だ。若い。しかも普通のスーツ姿だったし、本当に牧師か。疑わしい。しかし、この羽生尋人という男の顔を見ていたらハッとした。向こうも同様の表情だった。
「きみ、もはや一時期教会に来てくれた七海さんか? 七海楽人くん、覚えてる。子供のころ、来てくれたじゃん?」
羽生尋人のちょっと癖にある声、細い目元は記憶していた。確か牧師の一人息子。子供との集まりでも騒がず、一歩引きながら聖書を読んでいた。子供の頃はおとなしく、寡黙な子だったため、特に楽人も親しくはなかったが、向こうも覚えていたらしい。不思議と懐かしい気もしてきた。
「なんだ、楽人くんじゃん? 教会に何しに? あれ以来、七海さん家にうちもチラシや手紙を送っていた。父も特に心配していたのだが。あ、こんな所で立ち話はよくないな。ちょっと礼拝堂で話す?」
「え、ああ」
「じゃあ、七海さん、行くか」
幼い頃の知り合いといっても、微妙な空気はありつつも、尋人に案内され、礼拝堂の隅の椅子に座り、事情を話すことになった。
礼拝堂はシンプルだった。さほど大きくもないが、椅子が並べられ、天井が高いところはやっぱり一般の施設と雰囲気が違う。子供の頃に来たことがあるせいか、どこか懐かしい気が消えない。
「それで七海さん、どうしたんだよ。何にか困りごとか?」
とっても、あの寡黙な尋人にに話していいことか迷う。宗教関係者というと神聖で真面目なイメージはあった。
「実は俺、オカルト牧師なのさ」
「はぁ?」
変な声が出た。あの大人しい尋人が自称・オカルト牧師?
「実は俺、キリスト教に反抗し、占いやスピリチュアル、オカルトに傾倒していた過去もある。まあ、すっかり今は足を洗ったがな。そんな黒歴史があるからこそ、助けられる人もいるんじゃないかと思ってな」
「そ、それにしてもオカルト牧師だなんて自称します?」
「いい感じで厨二病っぽくていいだろ?」
「いいんですかね……」
尋人は変人だろうか。ため息も出てくる。とはいえ、事情を話しやすくなったのも事実だ。あの呪いの土地から逆再生の音、家での霊現象はどういうことか聞いてみる。
「もちろん、俺は科学を信じますよ。でも母がくれた薬のプラシーボ効果とか、何かあるんじゃないかって思って……」
「なるほど、なるほど」
意外なことに尋人は否定せずに話を聞く。うんうんと頷いてもいた。
「そう、君の母ちゃんが言う通りだ。信じることは現実になる。聖書にも書いてある。それに信じる人が多ければ多いほど、現実になるんだ。つまり、呪いの土地も逆再生の音楽も、人の信じるものがそのまま現実になっただけの話さ」
「つまり思い込みやプラシーボ効果と同じ?」
「いや、悪しき事は微妙に違うかねぇ」
ここで尋人はニヤリと笑った。寡黙だった子供時代の面影全くない。ペラペラと口を動かしてる。しかも楽しそう。
「呪いの土地とか逆再生とか人が怖がるだろう? その信念、思い、想念を食った悪霊が実際に悪きことを起こすのさ」
「は? 悪霊?」
「良い思いや言葉や思いは神様がことを起こす。逆に悪い思い、念、想念、言葉は悪霊がエネルギーにし、それを元に悪しきことは起きるのさ」
これはオカルトやスピリチュアル系の話題か。すでに楽人はついていけない。
「気をつけろ。念とかだけでなく、うちらが出した言葉は悪しき霊も良い霊も聞いている。霊の世界で声や音は大事なんだ。日本風にいえば言霊か?」
「いや、もうなんかついていけないんだが。だったらさ、呪いの言葉っぽい逆再生の音を聞いてしまったのも影響ある?」
「もちろん。聖書の音声を逆再生して呪いをかけるっていう魔女や悪霊崇拝者たちもいるからねぇ……」
尋人がさらにニヤリと笑う。
「そんなもん聞いていたら、お前えの家、霊的に悪いもんを呼び寄せたかもな。霊現象や頭痛もその現れかも」
「ちょっと、脅かさないでくださいって」
今は夏なのに、急に背中が寒くなってきた。呪いの土地などはよくわからないが、あの音楽を聞いて何かを呼び寄せた?
「昔はやったコックリさんとかあるだろ。あれもその行為で、悪しき霊を呼ぶのさ。実際、そういったものに手を出した後、具合が悪くなって通報されたっていうのもよくある。俺も依頼されて悪霊を祓いにいったこともあるな」
「ちょっと待ってくださいよ。本当に非科学的で……」
ついていけないが、それすらプラシーボ効果じゃないのか?
「でもそんなことが起きても、なんでもないって思い込めばいい話では? 確かにプラシーボ効果とか、集団が同じ噂をしたら現実になるってことは一応、理屈ではわかりますし、こういう変な霊現象が起きても思い込みで……」
「残念ながらそれは無理」
尋人はばっさりと切った。
「確かに人間の思い込みによって変わる領域はある。でも、神の絶対的な真理は違う。いくら人が真理と反対する事を思い込んでも現実にはならん」
尋人は分厚い聖書を持ってきてバンと楽人に見せた。鈍器本と言われているだけあり、ずっしり重そうだ。
「いくらキリストを信じない連中が一千人いようと百万いようと、神様はいる、人は神様に愛されてるっていう絶対的真理はなんの変化もない。絶対にいつまでも変わらない」
あまりにも自信満々に言われ、楽人は一瞬声がでない。こういう時はネットでいう「論破」をしたくなった。
「うちの母は結局、仏教徒のままで亡くなりました。だとしたら母は地獄にいるってことですかね?」
「おいおい、楽人くん。論点が違うぞ。今はそんな話はしていない」
「亡くなった人や先祖が地獄にいるとかいうキリスト教はやっぱりよくわからない」
せっかく話をきいてもらっているのに、なぜか口からは反抗的な言葉が出てしまう。
「もう帰ります。やっぱり宗教とか非科学的でした」
「そうか。でも困ったら、いや、何もなくても俺に電話していい」
尋人は怒るどころか、電話番号を書いたメモを楽人に渡す。渡すというより押し付けるという感じだったが。
「じゃあな、楽人くん」
帰り際も特に追ってこなかった。
「なんだよ……」
結局、楽人が思うような答えが出ないまま、家に帰り、夜になった。蒸し暑いがしんと静か夜だ。その時、部屋にいると、背後から視線を感じた。
「え?」
振り返ると、母がいた。死んだはずの母が、なぜ?
『楽人……』
その声は、母とは全く違った。
『お前のせい! あんたなんて産んだから、私の人生はめちゃくちゃよ! お前なんて産まなきゃ良かった!』




