逆再生の音(3)
頭がガンガンする。あの曲を逆再生しただけなのに、呪いの言葉みたいのが聞こえてきた?
もちろんすぐに再生を止めた。シンと静かになったと思ったら、それも一瞬だった。
キイイイイイイ……。
どこから金属音が響き、頭痛はさらに酷くなって来た。
「なんだ、これは?」
その上、部屋の電気も勝手に消え、スマホやノートパソコンの電源も完全に落ちていた。暗闇に中、手探りで頭痛薬を探そうとするが、楽人は上手くできない。真夏だいうのに、冷や汗が流れ、顔色も真っ青だった。
もう頭痛薬を飲むのを諦め、ベッドに倒れるが、急に身体がこわばる。今までに感じたことのない感覚に襲われ、ろくに声もでない。
まさかあの逆再生の呪いの言葉が、何か悪いものを連れてきたのだろうか。いや、そんなバカな。非科学的なことはあり得ないと自分に言い聞かせるが、頭の痛みも全くとれず、身体のこわばりも増し、ついに動けなくなった。
これは金縛りってやつだろうか。これまでに金縛りにあったことはほとんどなく、わからない。すでに思考力も消えていたが、これはなんなんだ?
ふと、頭に死がよぎってきた。大学生の時に両親を事故で亡くした楽人にとっては、未知なものじゃない。むしろ突然、なんの準備もなく襲ってくるものだ。今、死んだとしても楽人は驚かない。
それでもグッと歯を食いしばる。だからって死にたいとは思っていない。このまま死を受け入れるなんて冗談じゃない。
「く、くそ! なんだよ、これは! 冗談じゃない!」
そう叫んだ時、急に金縛りは終わった。まだ電気は不調らしく、部屋は真っ暗だったが。
その隙に頭痛薬を探し、水も飲まずにつばで飲み込む。こんな飲み方絶対に良くないはずだが、水を飲む暇も惜しい。
「そうだ。この薬はアンパンが作ったもの。必ず治る」
自分に言い聞かせていた。子供の頃、母がついた嘘だ。冗談だったのかもしれないのに、今はそれに縋りつきたくなるから不思議なもの。
薬が効いたにだろうか。飲んですぐに頭の痛みも取れてきた。呼吸も楽になり、電気も元に戻った。スマホやノートパソコンも異常がないようだった。
「なんだこれ? プラシーボ効果か?」
思わず首を傾げてしまう。どういう事だろう。母の言葉を思い出した頃から急に楽になった気がする。
同時にもう一つの母の言葉も思い出す。
「神様はあなたの為に死んでくれたの。あなたのことを死ぬほどに愛してるわ」
ずっと昔、母に連れられて教会に行ったことがあった。日曜日、住宅街にある教会で、子供たちもたくさんいて楽しかった記憶しかない。
母はクリスチャンだったのだろうか。そんな話は一回も聞いたことはないし、葬式も仏教式だった。
「なんだ? 神様とかって……」
夜なのにいてもたってもいられず、母が使っていた部屋に向かう。服などの遺品は整理していたが、机やベッドもそのまま。本棚もそのままだった。そこには日記がある。
母のプライバシーを暴くようで長年放置してきたが、気になって仕方ない。
「母ちゃん、ごめん。子供の頃、神様とか言ってたのどう言うこと?」
一応謝ってから日記を開いた。古い紙の匂いや埃くさだが鼻につくが、そんなのどうでもよくなった。
日記には母のうつ病の記録が綴られていたから。楽人を産んだすぐ産後うつになり、一時期は様々な宗教に頼っていたらしい。幸い、カルト宗教と呼ばれているものはなかったが、キリスト教に関わっていた頃は、母の病状もだいぶ落ち着いていたらしい。
「なんだよ、これ。母ちゃん、うつ病だったとか知らんかった……」
教会で母は、聖書には信じたことは全部その通りになると教わったらしい。薬を飲む時も、神様がつくった薬と信じて飲めば早く治るとか。実際、母はそれで効いたらしく、楽人に風邪薬を飲ませる時も同様にしていたとか。
「マジか……」
なるほど、からくりはわかった。信じること、思いは現実になりということか。非科学的ではあるが、全部が嘘とも思えない。実際プラシーボ効果もある。
「だったら教会に行ったら、この逆再生の変な現象もわかるか?」
あんな頭痛や金縛は初めてだった。それに呪いの土地の件もある。気になって仕方ないのが本音だ。
母の日記には教会の住所もメモ書きされていた。歩いていける距離で近い。名前は羽生教会といい、一応伝統的なプロテスタントの教会らしい。初老の牧師と家族が運営している教会で、献金やボランティア活動を要求されたりもしなかったらしい。
「わたしも楽人も神様に愛されてる。これは思い込みじゃない気がする。事実なような気がするから不思議。神様に愛されてるって思うとうつ病も治ると思う、か……」
母の日記の言葉を声に出して噛み締める。そんな宗教とかキリスト教とか神様とかピンとこないが、そこに行けば何かがわかる気がする。
気づくと頭痛はすっかり消えていた。金縛もない。変な音も聞こえない。ベッドに潜り込むと眠くて仕方ない。少し疲れたが、今夜はぐっすり眠れそうだった。




