呪いのプレイリスト(5)
深夜ゼロ時だ。部屋の中はしんと寝っている。窓の外からは時々バイクの走る音が響くだけ。
「一応防音シートを貼っておくか」
詩音は壁に防音シートを貼り付けていた。これから悪霊を祓う予定だ。ご近所さんに迷惑がかけられない。昼間に事情を話し、菓子折りも渡し、大声では歌わないことを約束していたが。
「悪霊くる……?」
眠れない。尋人からは讃美歌の楽譜を貰っていた。魔ァ族666の曲の替え歌・讃美歌バージョンまである。どれも難しくないメロディ。子供でも歌えるものを選んだという。
「こんな讃美歌で祓えるのかな……」
夜、一人で部屋にいると不安が襲ってきた。確かに尋人からは賛美歌を歌って悪霊祓いをし、霊現象を終わらせられると聞いていたが、本当?
「どうしよう。なんか不安になってきた」
その瞬間、音が響いた。キィィィィ。耳鳴り? いや、違う。何かを引っ掻くような金属音のような不快な音だ。
「あっ!」
なぜか電気がチカチカとし、スマホやパソコンも全く動かない。サイドライトも全然スイッチが反応しない。
「な、何これ?」
霊現象だ。その証拠に金縛が始まってしまった。今までで一番強い金縛だった。腕も脚も全く動かない。痛い。冷たい。
「くっ……!」
歯を食い縛った時、電気が切れていたと思い込んでいたスマホが勝手に作動し、魔ァ族666の音楽が流れ始めた。激しいロックの音とボーカルのシャウト!
「我々は地上に舞い降りた堕天使!!!」
気が遠くなってきた。目の前が真っ白になり、金縛もさらにキツくなっていく。
「うっ……!」
おまけに喉に石が詰まったように動かず、埋め声しかでない。
それでも。目の前に賛美歌の楽譜があるのに気づいた。暗い部屋の中、これだけが光って見えるから不思議。それに掴むことはできないが、大丈夫。中見は記憶している。
「わ、わたしたちは神様を讃えます」
魔ァ族666のボーカルの声に重ねるように、詩音は必死に声を上げた。絞りだすといってもいい。蚊のなくような声だっただろう。歌にもなっていなかっただろうに、なぜか声は出せた。
「わたし達は光の子♪ 神様に愛されている子供♪ 何ができてもできなくても神様に愛されてる♪ 愛されてる♪」
尋人が作った魔ァ族666の替え歌だ。同じメロディなのに不思議。なぜかもう金縛も解け、声もスムーズに出てきた。
「愛されてる♪ 何もできなくても愛されてる♪ 愛されてる♪ 愛されてる♪」
わからない。歌っていると、胸の内側に光のようなものを感じる。
「愛されてる♪ わたしは神様に愛されてる♪」
もう近所のことなどどうでもよくなり、最後は叫ぶように声をだす。
「愛されてる!」
その瞬間、勝手に作動していたスマホから魔ァ族666の音が全て消えた。電気もパソコンも全部元通りになり、金縛も消えた。身体の痛みもない。ただ、喉だけが枯れていた。
「え、なにこれ……」
気が抜けた。床に座り込んでしまう。涙もなぜか溢れてきた。鼻水も止まらない。みっともない姿だ。それでも胸の内側には暖かいものが溢れ、安心感しかない。正直、神様とか半信半疑だったが、何か大きな存在に守られているとしか思えない。
「あ、ありがとう……。ありがとうございます……」
出てくる言葉はそれだけ。尋人からもらった楽譜は涙でぐちゃぐちゃになってしまったが、また貰いに行けば良いだろう。
そして数日がたった。もう一切霊現象も起きていない。魔ァ族666の音楽を無性に聞きたい日もなく、それよりもYouTubeで讃美歌の動画を検索していた。
ちなみに近所の人からなぜかクレームはなかった。大きな声や音を出したはずだったが、あの夜は何も聞こえなかったらしい。防音シートが効いたのかはわからない。
「宮城さん、それはきっと神様が守ってくださったと思うな」
羽生教会へ向かい、事情を話すと尋人は深く頷いていた。今日はペットボトル抹茶ラテをぐびぐびと飲んでいた。かなり砂糖が多い飲料だが、尋人は実にうまそうに飲み干していた。
「そうかな〜?」
「そうさ。こういう不思議な現象は案外あったりする」
尋人は微笑むと礼拝堂の高い天井を見上げた。今日もよく晴れている。窓からは光が差し込み、明るい。それに暖かい。
「それにしても音楽ってすごいね。こんな人に影響を与えられるなんて」
詩音はしみじみと呟く。
「だったら宮城さんも音楽やってみたらどうだ?」
「えー、わたしが? そんな楽器とかできない。歌だって下手だよ。カラオケでも友達に笑われるぐらいで」
「やってみないとわからないだろう?」
確かに尋人の言う通りだ。カラオケで歌うといっても年に数回しかないレベルだ。これだとやっているとは言いがたい。
「うん。そうだね。何か音楽やってみてもいいね。尋人さんはどうするの? このままエクソシストやるの?」
そう言うと、尋人は少し困った顔を見せた。
「実は教会の仕事も案外忙しいんだよ。副業でバイト行ったりもするし、なんか手伝ってくれる人がいるといいんだが」
「わたしは無理ですよ。これから音楽やりたいし、バイトや就活もありますから」
「そっかぁ。まあ、誰か来るように祈るしかないね」
「祈るだけですか?」
詩音はふと疑問に思った。そう言えば、フランスで出会った神父は祈るだけじゃダメだと言っていた。信仰に伴う行動も必要。だから一歩踏み出す勇気も神様からいただきなさいって。
「教会の入り口のポスターでも貼ったらいいんじゃないですかね? 誰でも霊現象の相談聞きますって」
「そっか。なるほど。いいアイデアだ」
尋人はさっそく準備を始めてしまい、礼拝堂には詩音一が残される。いっそう静かだ。遠くに小鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。その声さえも音楽のように聞こえてくるから不思議だ。




