呪いのプレイリスト(4)
金縛のせいで全く眠れなかった。耳鳴りも酷く、何か幻聴でも聞こえてきそうで、今日は徹夜状態で大学に行ってしまった。
「うわ、詩音。どうしたの? 目の下が真っ黒なんだけど」
昼休み、大学のカフェテリアで友達に会った。詩音は食欲もなくコーヒーだけだが、友達の飯田繭子はガッツリとカツ丼を食べていた。詩音はカツ丼の出汁の匂いを嗅ぐだけで気分が悪くなってくるぐらい。
「いや、ちょっと寝不足なだけ」
こんな酷い状態だ。いくら友達でも事情は話せない。詩音はコーヒーを啜りながら、無理矢理笑顔を作る。
「ふーん。あ、そういえば魔ァ族666のライブいかない?」
「へ?」
せっかく作った笑顔も崩れた。よりによってこのタイミングで繭子からのライブのお誘い。
「実は一緒に行く予定の彼氏がコロナになっちゃってさぁ。もうコロナなんて収束していると思ったらビックリ。だから詩音、一緒にいかない? チケ代は私が出すし、来週の土曜日。すごい争奪戦だったよ。まあ、席は後ろの方だけど」
ここにきてあのバンドのライブの誘いがあるとは。霊現象に遭っている最中、こんな誘いは絶対に避けらたい。でもこの誘いは魅力的。二つの思いに心が引き裂かれそうだったが、一つの疑問が浮かぶ。繭子もあのバンドのファンだ。もしかして繭子も何か影響を受けていたりするのだろうか。
「繭子、魔ァ族666の音楽を聴いた後、なんか変な現象にあったりしていない?」
「は? そんなことはないよ。まあ、彼氏は時々具合悪そうにしてたかな? 実際、今はコロナだし。あはは」
繭子はケラケラと笑いながらカツ丼をかきこんでいた。髪色も明るく、メイクも派手。いわゆる陽キャだ。もしかしたら音楽の影響力は人によっても違うのだろうか?
そんな仮説が浮かぶと、同時に尋人の顔も浮かんでしまう。尋人だったらこの影響力の差もわかるだろうか。
「ごめん、繭子。ちょっと用事を思い出した」
急いでコーヒーを飲み干すとカフェテリアを出た。小走りに大学も出て電車に乗り込むと羽生教会へ向かう。眠気はコーヒーのおかげでなんとか抑えられていた。
「うわ、宮城さんか。その目の下のクマはなんなん?」
尋人は詩音の顔を見て引いていたが、前回と同じく礼拝堂へ案内され、事情を話すことに。平日の昼間の教会は一層静かだ。小鳥の声が遠くに響くだけ。
「っていう現状です……。やっぱりあのバンドを聴くの辞めるのできませんでした」
「そうか、なるほど」
正直に事情を話した。あのバンドを聴くのを辞められなかったと話しても特に尋人は責めず、ふむふむと頷いていた。
「音楽はな、心という土地に根っこをはる。うん、辞めるのは難しいよな」
その上、事情も理解し同情もしてくれているようだ。変人に見える牧師だったが、やっぱり根は悪くないらしい。こんな急に押しかけても追い返さず、お金を取るようなこともしなかった。
「でも、同じ音楽を聴いている友達はピンピンと元気でした。これって影響力の差がある?」
「それはそうだよ。神様は一人一人全く違うようにデザインして創造してる。こんな悪魔崇拝音楽を聴いても全然影響のない鈍感人間もいれば、ちょっと聴いただけで倒れてしまう繊細さんもいる」
尋人の説明を聴いて納得した。詩音は自分では繊細だという自覚はない。いわゆるHSPでもないと思うが、昔から絵や舞台、映画、それに音楽を聴いて感動しやすい。余命もののエンタメは号泣しながら見てしまう。音楽の影響は他人よりも強いのかもしれない。
「っていうか、宮城さん。霊現象があった時、イエス様の名前を叫べばいいじゃんか。それが一番のエクソシストになるわけだし」
その尋人の指摘に詩音の顔が露骨に曇った。確かに霊現象があった時、何度か神様の名前を叫ぼうとしたが、なぜか喉が塞がれるような感覚がして何の声も出なかった。詩音は勝手に神様にも見捨てられたと思い、さらに何も声が出なくなっていた。
「そんなバカな話はないぞ。なんで神様が宮城さんを見捨てるんだ。別に変な音楽を聴いていてもクリスチャンでもなくても何もできなくても、どんなに失敗しても神様は絶対宮城さんを見捨てない。死ぬほどに愛してる」
その尋人の声が優しい。心にもすっと沁みるような声で、目の奥も痛い。泣きそうだ。
「悪霊の攻撃を受けていると、イエス様の名前が言えなくまることがある。未信者は特にそうだ。イエス様はわたしの救い主っていう言葉が言えなくなってしまう。ちなみに宮城さん、言える?」
そんなの簡単じゃないかと思ったが、なぜか喉が石のほうに固くなってしまい、イと言っただけでも苦しくなってきた。礼拝堂の奥に貼ってある聖書の言葉のポスターを見たら、胸がグルグルとかき乱される感覚も生まれてしまう。
「な、何これ。なぜか言えない。それになんか気持ち悪い」
そう言ったと同情に、尋人は説教台の方の電子ピアノに走り、讃美歌を奏で始めた。
「主はわたしの優しい羊飼い〜♪」
まるで子守り歌のような讃美歌だった。尋人の歌もピアノも下手なのに、急に胸の苦しさも解け、スッキリとしてきた。喉も自由に動く。「イエス・キリストはわたしの救い主」と言えた。棒読みだった。小さな声だった。それでも言えた。
不思議だ。讃美歌を聴いた途端に憑き物が落ちたというか、空気が変わった気がした。理由は全くわからない。それでも音楽が心に与える影響には確信しかない。それにその背後にいる見えない存在もいる?
「おぉ、言えたじゃないか。だったら宮城さん、霊現象が起きたら自分で追い出せ」
しかし尋人は予想外の提案をしてきた。
「は?」
思わず目が点になってしまう。
「うん、音楽が足場になった悪霊を追い出せ。霊現象を起こしているのもヤツらだ」
「そんな、自分一人で追い出すなんて無理。それに聖水は? 十字架は? ロザリオは? 祈祷文は?」
「そんなもんは必要ない」
尋人はばっさりと切った。
「そうだな。宮城さんは音楽への感受性が高そうだ。霊現象が起きたら讃美歌を歌うといいかね? 悪霊どもが一番嫌う音が賛美歌だからな」
その上、ニヤリと笑ってた。根は悪くないと思うが、やっぱり変人かもしれない。




