神の作品と音楽(4)
「俺はオカルト牧師だ。羽生尋人という。よろしく」
教会に来て後悔した。まさか自称オカルト牧師という男がいるなんて。
見た目はけっこう普通だ。地味なバンドでベースでもやっていそうな雰囲気。黒いガウンみたいな服も着ていないし、首にロザリオもかけていない。スーツ姿だったし、髪も黒い。年齢は三十代前半ぐらいだろう。
それに礼拝堂の中も普通だ。椅子が並べられ、前方に教卓があるところは大学の講堂みたいだ。電子ピアノやギターが置いてあるところは聖歌には親近感はある。そういえばキリスト教はよく讃美歌を歌っていたと思い出したが。
「お、オカルト牧師?」
「良いだろう。うちの父親みたいな優しそうだが、優等生的いい子ちゃん風牧師だと身構える人も多くてな。いっそこういう厨二病路線にしてはどうかと思ってな」
「だからって……」
呆れてきた。本当にこんな牧師に相談していいものか。それでも霊現象についての探究心が優ってしまった。腕のあざを見せながら、自己紹介もし、事情も話す。
「悪霊の仕業だな。あぁ、引っ掻き傷やアザぐらいは目に見えない悪霊でもできる」
「そ、そうなの?」
「まあ、雑魚悪霊も多い思うが。ちなみに聖歌さんは、うちの教会に貼ってあるポスター直視できるか? あと、キリストはわたしの救い主って、心こもってなくても言えるかね?」
「え、どういうこと?」
「面倒な悪霊つきだと決して言えない言葉なんだよ」
戸惑いつつも、ポスターは直視できた。キリストはわたしの救い主?
言えない。なぜか喉が詰まったかのような違和感が遅い、アザのついた腕がジンジン痛い。演技のセルフだと思っても、どうしても口から出てこない。
「オッケー、わかった。無理に言わなくていい」
尋人はうんうんと頷き、ニヤリと笑う。その上、礼拝堂の電子ピアノに向かうと、一曲何か歌っていた。讃美歌だった。
「わたしは神様の作品〜♪ 神様に愛を込めて創られた最高傑作〜♪ すべてのつくり主〜♪ わたしのすべてを捧げます〜♪」
音楽に携わってきた聖歌だが、賛美歌は初めて聞いた。下手くそだ。音程も狂っているし、ピアノも弾き間違えている。それなのに、なぜか聞き逃せない何かがある。
普通の歌とどうも違う。普通の歌は人に向けて歌う。アイドル時代の曲だって人の背中を押して、人生を讃歌するものだ。時には感情的に歌い上げる。
一方、尋人の歌う讃美歌は強い感情はない。むしろ安心感や平和な雰囲気。音楽なのに、こもっている感情は落ち着いてる。
「あ、なんか今なら言えるかも。キリストはわたしの救い主……」
曲を聴き終えた後、不思議と言えた。もちろん感情はこもっていない。棒読みだ。セリフだ。それでも喉からスムーズに出せるから不思議だ。腕の痛みも急に消えた。心なしかアザも薄くなっている。
「なんで? なんで今はこんなにスムーズに言えるの?」
聖歌は電子ピアノへ小走りで向かい、尋人に疑問をぶつけた。
「おそらく讃美歌である程度、聖歌さんについている悪霊が祓えたからだろう」
「え、讃美歌で祓えるの?」
そんなの知らなかった。エクソシストの映画や漫画は聖水や十字架で祓っていた記憶だったのに。
「ある程度はな」
「嘘……」
「でも悪霊が侵入できる足場があれば元通りだ。霊現象の前、なんか悪い気持ち持っていなかったか? 例えばお金に関する恐怖や、将来の不安」
心あたりがある。聖歌は笑えない。確かに霊現象にあう前、なんか悪い思考になっていた。
「食生活の乱れ、性欲の乱れ、許せない人がいること等も悪霊の足場になる」
食生活や性欲はともかく、光に対してはまだ消化できていない。許せないっていうより、悲しみで心が塞がれる感じで。
「あ、あと霊現象の前、上手く曲ができなくて、悩んでる時期もあった……。こんな曲、誰が聞いてくれるのって自分を責めたり」
いつのまにかあの声が言う「無能」という言葉にも同調していた気もする。
「そうか。君は曲を作れるのか。素晴らしいよ」
てっきり尋人にもバカにされると思ったら、真逆の言葉。拍子抜けするほどだ。
「す、素晴らしい?」
「絵を描くこと。物語を作ること。音楽をつくり、奏でること。こういったクリエイティブな活動は神様のご性質を表す素晴らしい行いだ。動物や植物はクリエイターにはなれない。神様のそういった性質を受け継いではいないからね」
「う、嘘……」
「人間がクリエイターになれるのは、神様がそう創ったから。素晴らしい事なんだよ。何しろこの世界の花も鳥も山も空も全部創造したお方。まあ、アダムとイブの一件以来、原作クラッシャーされてる部分もあるがな」
尋人の声を聴きながら、背中がゾクゾクとしてきた。今まで神様の存在はよくわかっていなかった。それでも尋人の言うことが本当だとすれば……。さっきの賛美歌でも声が出たり、腕の痛みが引いてきた理由も……。
「その創造性を自分や人の為だけに発揮したら苦しくなってしまう。いわゆる燃え尽き症候群てやつになる」
それも心当たりがありすぎる。アイドル時代も歌うことが大好きだったが、それですべて満たされたかは疑問だった。何かピースが一つ抜けている感覚もした。光が死を選んでしまったのも、そのピースが見つけられなかっただからだろうか。
「本当はその力は神様の為に使わないと。あ、神様は御自身を讃えられたいとかじゃないぞ。そうじゃなく、無償の愛を表現した作品や、心から人を癒す作品を望まれてると思う。君はどうか?」
「えっ……」
「神様から受け取った創造の能力、自分や人の為だけに使うか? それとも神様の為に使うか? 創った作品を神様にすべて捧げられるか?」
答えられない。今まで全部自分や人の為に歌っていた気がする。時には自分を見てって自己顕示欲で歌っていた。そもそも自分にそんな能力があるのか。無能。また例の声が聞こえてきそうだったが、尋人は再びピアノを奏で始めた。
「とりあえず、一回歌ってみればいい。歌詞は適当にららら〜でオッケー」
アップテンポの曲だった。歌詞では何度もハレルヤと繰り返され、自然と声が出てしまった。
「ハレルヤ〜♪」
不思議だ。歌っていると涙が出そうだ。安心する。あの声も身体の痛みも全部、嘘みたいにも思えてきて。本当は何か大きな存在に愛されていたって思えてきて……。
「おぉ、聖歌さん。なんで泣いてるんだよ?」
気づくと泣いていた。尋人は慌ててティッシュを持ってくるが、聖歌の涙は止まらない。
「おぉ、君も音楽の影響を受けやすいタイプだね。だったらさ、霊現象が起きたら歌え。その歌を神様に捧げるんだ。そしたら大丈夫」
大丈夫。その尋人の声、想像以上に優しく、胸にすとんと落ちてしまった。




