神の作品と音楽(5)
あの後、教会から帰ってきた聖歌。まだ昼間だったが、一人、考え込んでしまう。
「本当に神様なんているのかなぁ……」
それでもなぜか尋人の賛美歌を聞いていたら、涙が止まらなくなってしまった。尋人の言うことも否定できない。神様はこの世界を創り、人間も創造した。だから人間にも何かを創造する能力が備わっていると……。
気づくと、またアコースティックギターを持ってしまった。ららら〜。適当にメロディを奏でる。何か新しい曲もできそう。また天から何か降ってくるような感覚がした。
背中がゾクゾクとしてきた。いわゆるインスピレーションか。しかもその源は神様なのか?
「まさか、わたしがゼロから創造したものなんてない……? 全部神様からのインスピレーション……?」
今までずっとゼロから一を創っている感覚でいたが、傲慢だったのかもしれない。本当は既にある百の恵みを、偶然キャッチできていただけかもしれない。音楽を創り、奏でられるのも、自分の力じゃない気がしてきた。
「まさか……」
尋人が言っていた通り、自然や動物はクリエイティブな活動はできない。何かを創り出せるのは人間だけ……。
「いや、まさか。そんな非科学的なことなんて……」
そう言い聞かせた時だった。また背中がゾクゾクと冷えてきた。蒸し暑い季節なのに、なぜ?
キィィイィィ……。
同時にまたあの音が聞こえた。金属音のような、女の悲鳴のような音だ。
「あっ……」
音は止まらず、頭がガンガンとなる。夜でもないのに、金縛の身体が縛られるような感覚。足も腕も動けない。アザも濃くなり、痛みも増していく。
「な、何これ……」
『あの牧師に会うな!』
しかもあの声が響く。なぜ声の主は尋人に会うことを反対した?
もしかして、声の主にとっては都合の悪い存在なのだろうか?
「くっ……」
喉も苦しくなり、声も出ない。棒読みでも、セルフでもキリストはわたしの救い主と言えない。喉が石みたいに固くなってしまった。
だったら、教会と時と同じように音楽で声の主を祓い、霊現象も終わらせられるだろうか。尋人も同じことを言っていた。
身体は痛み、声も出ないが、床にへばりつくように移動し、どうにかアコースティックギターに手を伸ばす。
「っつ……!」
うめき声が漏れるが、もうギターは腕の中だ。あとはそう、歌うだけ。
「らぁ、ららら〜」
歌詞などろくに出てこない。音が外れ、メロディも狂っているだろう。それでもなんとか弦を掻き鳴らし、声を出す。
わからない。気づくと、教会で聞いた曲を歌っていた。
「ハレルヤ♪ ハレルヤ♪」
声は掠れ、酷いものだったが、歌っていると不思議だ。自分の為でも人の為でもなく歌っていた。それが一番しっくりもくる。漫画原作通りに作成されたドラマのようなしっくり感。
その時、人間は神様の作品なんだと思う。こうして音楽を奏でられるのも、自分一人の力じゃない。誰かが側にいる。安心だ。もう一人で戦わなくて良いんだって思うと、声にハリも戻ってきた。
「ハレルヤ♪ ハレルヤ♪」
あんなに霊現象で苦しんでいる最中なのに、身体の痛みもリアリティがなくなってきた。むしろ、この歌を神様に捧げる想いで歌っていると、急に心に喜びまで芽生えるから不思議。大丈夫。もう大丈夫。無能かどうかとか関係ない。とにかく歌おう。
その時だった。急に身体から何かが抜ける感覚がした。妙に肩や足が軽い。子供に戻ったみたい。
「あ、あれ?」
身体の痛みもアザも全部消えていた。もちろん、金縛のような痛みもなく、声も出せる。
「あぁ、あ……」
言葉にならない何かが溢れていく。涙も溢れてしまったが、悲しみのせいじゃない。安堵の涙かもしれない。
この時から霊現象が終わり、毎日安心して眠れるようになった。羽生教会にも聖書を教えてもらうために通ってる。別にクリスチャンになりたいとかではなかったが、この世界を創った存在が気になって仕方がないから。
「本当にアダムとエバって余計な失敗してくれたよね。このカップルのせいで、労働の苦しみと出産の痛み、それに土地まで呪われるとか」
きょうは尋人に旧約聖書の最初の方を教えてもらっていた。神様がこの世界を創り、人間も創った。神様はこの世界を良かったと言う。ここまでだったらハッピーエンドなのに。
「そうだな。この二人の失敗のせいで、世界はいわば原作クラッシャーみたいな状況になってしまったなぁ。本来なら、何にもしなくても美しい世界だった」
尋人は頷き、目を伏せる。
「でも人は弱いよ。失敗するし、神様を忘れて自分勝手に生きてしまうものだ。悲しみ、恨み、嫉妬したりしてな……」
その尋人の声は、優しい。
「光が死んでしまったのも、仕方なかったのかな……」
「あぁ……。人は弱い。強い部分もあるけどさ。ま、そんなことより、今生きてる聖歌さんの方が大事だ」
「え……?」
聖歌ははっと顔を上げた。
「神様は今生きてる聖歌さんを大事に思ってる。愛してるよ。だったらもう、死んでしまった人のことを考えるよりも……」
大丈夫、愛されてる。
どこから声がした。幻聴だろうか。その割にははっきりと聞こえ、例の声なんかよりも優しく、すっと胸に溶けていく。
「そっか……」
「音楽も自由に楽しくやれば良いんだよ。聖歌さんが喜ぶ姿も神様が望まれている事でもあるから」
そうか。尋人の声を聞いていたら、今までぐずぐずと悩んでいるのも馬鹿馬鹿しくなってみた。音楽の本質は頭で考えるよりも、ずっとシンプルなのかもしれない。
ふと、上を見上げる。礼拝堂の天井の窓からは光が降り注いでた。眩しいぐらい明るい光だ。
「オカルト牧師、ちょっと歌ってもいい?」
そんな光を浴びていたら、歌いたくて仕方ない。尋人の返事を聞く前に電子ピアノまで走ってしまった。




