神の作品と音楽(3)
ミズキに紹介された家に引っ越した。築三年のマンションの一室だし、新しい。一人暮らしにしては十分に広く、ご近所の雰囲気も悪くない。整体、美容院、コンビニもあり、住宅街の中でも少し賑やかかもしれない。
「あ、窓から見えるあの建物なんだろう? 十字架があるね。教会か」
窓の外からは教会も見えた。大きな教会ではない。海外な教会のような派手な雰囲気もなく、地味。どちらかといえば、公民館のような雰囲気だった。
「まあ、教会とかどうでもいいか……」
せっかく引っ越したのだから、これで妙な霊現象とはおさらばだ。聖歌は窓を閉めると、段ボールを片付けたり、細々とした日用品を収納し、残っていた雑用に追われていた。
役所に届けを出したり、クレジットカードの住所変更の手続きもしていたら、気づくともう夕方。夕飯を食べて片付け、風呂から出るとすっかりもう夜だ。窓の外も真っ暗だ。
「もう夜か……。引っ越したし、霊現象とかもう無いよね……」
この部屋は防音もしっかりしていると聞いた。しんと静かだ。隣人の生活音はもちろん、鳥の鳴き声も風の音も聞こえない。
ふと、アコースティックギターの目がとまる。引っ越す時に捨てようか迷ったが、結局、ここまで持ってきてしまったものだ。
書きかけの曲もある。何か良いメロディが浮かぶ気がする。引っ越しもしたし、心も軽くなったのかもしれない。
気づくとアコースティックギターに手を伸ばし、適当に弾いていた。優しく、どこか懐かしい音が響く。不思議と音色を聞いていると、心がほぐれる感覚がする。
「あ、なんかメロディが浮かびそうな……」
好きなことをしていると良いのだろうか。引っ越しをして心賀軽くなったせいもあるのだろうか。聖歌は久々に笑いながらギターを弾いていた。メロディも浮かび、一気に一曲書き上げられた。こんなことは初めてだ。まるで天からインスピレーションが降ってきたような。
ふと上を見上げる。何もない。白い天井しか見えなかったのに、音楽って不思議。なぜか心にも影響を与えていく。
「うん、これでもう霊現象は無いよね……」
この日はぐっすりと眠り、しばらくは調子が良かった。エキストラやモデルの仕事もこなし、事務所からオーディションの話ももらい、前向きだったが。
「あー、なかなかオーディションも通らないな……」
もう何十回もオーディションを受けていたが、なかなか通過しなかった。交通費や衣装代などもかさみ、正直出費も痛い。貯金額を見るのも怖いと思った夜だった。
キィィィィィ……。
どこからか音がした。金属音のような女の悲鳴のような音。しかもベッドの上で金縛にあい、身動きが取れない。頭痛がする。頭がガンガン鳴り、胃もグルグルと回っているような感覚が始まってしまう。
「な、何これ……」
声を絞り出すが。金縛はさらにキツくなり、腕や足は鎖で縛られているみたい。しかもどんどんキツくなっていく。
『なあ、お前なんて無能だなぁ。今更アイドルとか芸能人とかやって意味あるの?』
声もした。あの声だ。
『もう潮時だろ? こんなしがみついていて、みっともないねぇ。本当に無能。今すぐ消えた方がいいんじゃねぇ?』
囁き声だったのに、もっとその声は大きくなり、頭も耳も壊れそうだ。
「う、うるさい!」
大声で叫び、抵抗しても全く意味がなく、ついには意識を失った。
翌日、朝。最悪な気分で目覚めた。あの金縛も声も夢だっったらよかったのにと思うぐらいだったが、太もも、ふくらはぎ、二の腕があざだらけだった。青黒い皮膚は昨日の霊現象がリアルだったと的確に伝えていて、聖歌の顔は真っ青だ。
「な、何これ……」
声も失う。これ以上、どんな言葉も出てこない。
せっかく引っ越した。前向きな気持ちにもなっていたのに、この結果はどういうことだろう。二の腕のあざを触ると、じんわりと痛みもある。もはや涙目だ。
それでも一つわかったことがある。引っ越した先でも霊現象があるということは、事故物件が原因ではないということだ。もしかしたら、自分の中にある何かが原因だろうか。
薄々そんな気もしていたが、外部環境のせいじゃ無いとしたら、自分の何が原因なのだろうか。
聖歌はスマホを握りしめると、霊現象の原因を検索しはじめた。多くは事故物件や都市伝説の情報ばかりだったが、それでも祈るような気持ちで検索していたら、とある教会のブログにぶつかった。しかも近所の教会のブログで、羽生教会という。オカルトにも詳しい牧師が書いているブログで、「人は神様の作品」という名前だった。
「な、なんで教会のブログで、オカルトネタ?」
道徳や儀式のこととか書いてあると思ったが、そうでもない。特に旧約聖書はドロドロな人間ドラマも描かれ、目から鱗だ。
「旧約聖書の最初のところ……。アダムとイブっていう人間の先祖が失敗しちゃったから、労働と出産の痛みがあり、土地も呪われているの……?」
それも聖歌にとっては目から鱗の情報だった。地球にあるすべての土地は呪われ、人間の悪い気持ちも吸収され、悪魔と言われているものの餌にもなり、地震や災害などの悪しきことが起こるという。
霊現象もどこの土地で起きてもおかしくなく、人間が悪い気持ちを持った時、それが原因になることもあるそうだ。
「そ、そういえば、確かにマイナス思考や怖がっている時に霊現象があったような……?」
非科学的な話ではあるが、今の聖歌にとっては全部辻褄が合っているように見えるから不思議だ。
「それに、人は神様の作品ってどういうこと?」
旧約聖書によると、神様が人間を一から創造した。しかも神様とよく似てる存在として。人間が何か歌や音楽、絵や物語を創造できるのも、神様と似たような性質を持っているかららしい。それ以上はブログでは詳細はなかった。
聖歌も曲をつくる人間だ。アイドルとしても多くの作品に携わってきた。クリエイターとして、人間は神様の作品という言葉が引っかかる。全く頭から消えない。
「どういうこと……? 羽生教会に行けば何か答えがわかる?」
あの声の正体もわかるだろうか。日本人として宗教は怖いが、それ以上に霊現象に困らされている。答えが知りたい。真実が知りたい。聖歌は窓を開けると、羽生教会に行く決意を固めた。




