神の作品と音楽(2)
「えぇ、聖歌どうしたわけ? 頬もげっそりしているし、目の下が真っ黒。闇堕ちでもした?」
久々に会った友達、澤野ミズキは大声を出す。ここは静かなカフェだったので、すぐに口元を両手押さえてはいたが。
「本当にどうしたの? なんでそんな体調不良っぽいの?」
聖歌はすぐに事情は言えない。声が聞こえるとか非科学的なこと、果たして信じてもらえるだろうか。手元のコーヒーカップを見つめながら口ごもってしまう。
とはいえ、ミズキはアイドル時代からの長い付き合いだ。ミズキはさっさと引退し、不動産関係の会社で働いていたが、いきなり否定されることはないだろう。
「じ、実は……」
思いきって事情を話す。子供の頃から声が聞こえることは言えなかったが、家で原因不明の霊現象みたいのがある、と。
「そうか」
ミズキはコーヒーをすすり、頷いていた。否定はされなかったみたい。
「そういうことあるよ。うちも物件扱ってる仕事しているから。いわゆる事故物件っていうの? 住む人が次々と呪われている部屋とかあるし」
「え、本当?」
「まあ、噂だからね。でもあるのよ、そういう物件か」
ミズキはここで声を落とす。とある芸人に貸した部屋がいわゆる曰く付きだったらしい。案の定、芸人は売れななり、トラブルも多発し、社内では噂話で盛り上がっていたとか。
「そ、そんなことあるの? まさか……」
しかし、どちらかいうと理性的で、オカルト話など信じないタイプのミズキに言われると、説得力が増してしまう。
「実は、光が借りてた家も曰く付きだったという噂」
「ほ、本当?」
「まあ、噂だよ、噂」
ミズキの言うことが本当だとしたら、こんな声が聞こえたりするのは事故物件だったせいなのだろうか。とにかく防音にだけこだわり、特に事故物件とか気にせずに家を借りていただけだったが。
「どうしよう。わたしの家、事故物件だったのかな」
「その可能性大だよ。あー、わかったよ。そういう物件じゃなくて、ちゃんとした物件探して紹介してあげるよ」
「ミズキ、本当?」
今は藁をも掴む思いだ。その話は乗るしか無い。
「たぶん、引っ越せばそういう現象終わると思うよ」
「ありがとう、ミズキ」
ほっとした。気が抜ける。原因がわかってしまえば、あとは変えるだけだと思うと、安堵のため息が溢れた。
「ところで、聖歌はまだ芸能界の仕事しているの?」
ミズキは話題を変えた。さっきまでの話題は本当はウンザリだったという口調で。
「え、うん。まあ、たまにモデルとかエキストラとか。体調悪くてあんまりできないけど」
「そっかぁ。でも、もう潮時なんじゃない?」
そのミズキの声は、ぐっさりと心に刺さってしまった。潮時。確かにそうだ。肉が消えた牛丼のようなアイドルグループの一員だった女。特にオーラもカリスマ性も演技力も歌唱力も美貌もない。アイドル時代からよく自覚していたことだ。
「もう光はいないんだよ。あの光まで消えしてしまった芸能界になんてさ、いる意味ある?」
ミズキの言葉にすぐに頷けなかった。
「もう光と一緒に武道館行く夢だって消えた。肉のない牛丼のわたし達にさ、何ができるのかな?」
頭ではわかってる。ミズキの言いたいこと。たぶん、ミズキは霊現象の原因が事故物件だとは信じてはいない。そうなった原因は聖歌の中にあること、見抜いていた。
ミズキの切れ長の目、直視できなくなってきた。心の内側まで見透かされているようで。再びコーヒーカップを見つめてしまう。
「わたしは今の生活、案外楽しいよ。別になんも華やかじゃないけれど、事故物件とか面白い噂も聞くしね」
「そう……」
「うん。別に聖歌の生き方が悪いとか言いたいわけじゃないよ。ただ、不器用っていうかさ、もうちょっと上手く生きる方法もあるんじゃないっていう話」
なぜかミズキの目、少し潤んでいた。
「わたしは聖歌の声、好きだった。澄んだ水みたいに綺麗でさ。ぶっちゃけ、光の声よりも好きだったよ」
「ほ、本当?」
「うん。だからさ、そんな霊現象とかで悩む必要はないよ。他のファンもみんな聖歌が一生懸命アイドルしてたって知ってるし、覚えてる」
これは慰めだろうか。哀れみだろうか。ミズキの目からはそんなものも伝わってきてしまう。聖歌の目元もじっとりと潤んできた。
「だから、そんな苦しまないでよ。アイドルとか音楽なんて楽しんでやってれば、それでいいじゃない?」
「う、うん……」
「そうだよ。あ、もうこんな時間。物件のことはまた後で改めて連絡するわ」
ミズキはコーヒーを飲も干すと、去って行ってしまった。聖歌ひとりだけが残される。他のカフェの客たちも仕事の合間に来ているのだろうか。ノートパソコンを片付け、慌てながら会計に向かう客もいた。
急に一人だけ取り残されてような気がした。みんな大人になっているのに、アイドルとか音楽とかを続けている自分は、過去に囚われてしまっているのだろうか?
「はぁ……」
ため息が溢れた。光にもそんな苦しみがあったのだろうか。そんな気がして、もう一度ため息をついてしまった。




