05:あなたを信じてやってみる
「ひゃ……っ」
反射的に腕を引き抜こうとしたものの、がっちりと掴んだアルトリウスの手がそれを許さない。仕方なくではあるが恐る恐る指先を動かしてみると、温かい湯の中をかき混ぜるような感触と共にカツン、と爪の先が何か硬いものを掠めた。それを掴んでゆっくりと引き寄せると、アルトリウスの左胸から黄金に輝く聖剣エクスカリバーが現れた。
「わ……、ほんとに出た」
「だから言っただろう。お前は勇者に選ばれたのだと」
最後まで引き抜いた聖剣はやっぱり重かった。途中からアルトリウスが聖剣を支えてくれなければ、抜いたと同時に畳に深く突き刺さっていたことだろう。雅就たちにも見えやすいように座卓の上に置くと、まるで自己主張でもするかのように金色の柄がきらりと光った。
「まぁぁ! これが噂の聖剣。ぴかぴかでとっても綺麗ねぇ」
「昨夜はこの剣でトカゲの魔物を倒していたようだが、君の中に一晩収めることで、聖剣の力は復活していると考えていいのかな?」
雅就の言葉に、アルトリウスが無言で首肯した。
「もしかしたらと思ったけど、剣はまだ重そうだな。……美言、今から筋トレするか!」
「どれだけ時間がかかるのよ。やっぱり勇者は私じゃないんじゃない? 剣が抜けたのはたまたまか、もしくはシフィルの子孫に反応したとか」
「お前は間違いなく勇者だ、ミコト」
美言の何をそう強く信じているのか、アルトリウスは一片の迷いなくきっぱりと言い切った。
「ディセリアでは異界へ消えた魔王と勇者の行方を何百年も探し求め、異界への扉を開く研究を続けてきた。勇者シフィルの反応を捉えたのは今から二十一年前。その反応があったのは、この場所で間違いない」
この場所――すなわち古守白狐神社には、かつて異世界ディセリアと繋がったとされる穴がある。今は割れてしまった巨石の場所だ。そして二十一年間といえば、美言が生まれた年だ。
「そして俺の中の聖剣は、お前と強く引き合った。だから俺は異界の扉を超えることができたんだ。俺がここにいることが、お前が勇者であることの証になる」
「……そんなこと言われても……剣が持てなくちゃ、どうにもならないじゃない」
「それについては一晩考えてみたんだが……」
言葉を切ったアルトリウスが、再び美言の手を掴んで聖剣の柄を握らせてきた。
「ディセリアとこの世界では魔力の質が若干違うようだ。そのせいでお前の力が聖剣に馴染みにくいのだと思う」
「だったら私の霊力を込めても馴染まないんじゃないの?」
「俺の魔力を混ぜて中和する。うまくお前の力が満ちれば、聖剣の重さなど感じなくなるはずだ。一晩寝て、お前の力も回復しているようだしな」
霊力も体力も、十分な休息と食事で回復するのは同じだ。アルトリウスが大食漢であることも、もしかしたら聖剣を守るために必要な魔力を蓄えるためなのかもしれない。
「確かに昨夜リザードマンと戦った時よりかは霊力も回復してるけど……」
言い淀んで、美言はそばにあった紙垂一枚の御幣を聖剣の隣に置いた。
「先にヘイちゃんを直してもいい?」
「ヘイちゃん?」
「昨夜あなたが紙垂を引き千切ったこの子よ。この御幣は私が昔から使ってきた唯一無二の相棒なの。ずっと込め続けてきた霊力も、あなたが紙垂を千切ったことで台無しになっちゃったんだから」
千切れた紙垂を付け直すことはすぐにできる。けれど長年込め続けてきた霊力を元通りにするには、それと同じ時間が必要だ。聖剣に回す分の霊力があるのなら、そのうちの少しでも御幣の方へ込めていきたいのが美言の本音である。
「そうか……すまない。ならば、そのヘイちゃんとやらも一緒に直せばいい」
「……え? できるの!?」
「足りない分は俺の魔力を使えばいいだけの話だ」
「それはうれしい申し出だけど、聖剣と同じでヘイちゃんにとってもあなたの魔力は質が違うから馴染まないんじゃ……」
「さっき言ったことをもう忘れたのか? 互いの力を混ぜ合わせて中和する。そうすれば、聖剣にもヘイちゃんにも俺たちの力は届くはずだ。それに昨夜戦ってわかったが、どうやら俺たちは互いの相性がいいらしい。お前もそれを感じただろう?」
確かにリザードマンと戦っている時、今まで感じたことのない力のゆらめきみたいなものを感じた。
美言の霊力とアルトリウスの魔力。質こそ違うが、相性がいいぶん容易く混じり合い、結果的に力の増幅にも繋がる。二人の力が反発しないということは、聖剣と御幣にも、その力は効果を発するということだ。
「……わかったわ。あなたを信じてやってみる」
「右手をヘイちゃんに置くんだ」
言われた通り右手で御幣を掴む。左手はアルトリウスと一緒に聖剣の柄を握っているので両手は完全に塞がった状態だ。
気持ちを落ち着かせるために深呼吸をして目を閉じると、アルトリウスに掴まれている左手の方からあたたかい力がゆっくりと流れ込んでくるのがわかった。意識下で目には見えないはずの力なのに、アルトリウスの魔力は澄んだ水面を震わせる美しい銀色の波紋を思わせる。そこに自身の霊力をそっと重ね合うイメージをすると、二つの力は互いに引き合い、混じり絡まって大きく膨れ上がっていく。そしてまるで巨大な花が開花するように、銀色の粉を撒き散らしながらやわらかく弾けた。
聖剣と御幣、それぞれを掴む手から恐ろしい勢いで力が吸い取られていくのを感じた。美言が意識を保つことができたのは、アルトリウスの魔力と混じり合うことで膨れ上がった力のおかげだ。それでも体のだるさはしっかりと残っていて、美言は目を開けるなり背後にバッタリと倒れそうになってしまった。その体を瞬時にアルトリウスに支えられる。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと」
座卓を挟んで座る加代がこちらにスマホを向けた気がしたが、今はそれに突っ込む元気もない。アルトリウスの魔力がなければ、美言はまた気を失っていただろう。
「ヘイちゃんは?」
「聖剣にもヘイちゃんにも、無事にお前の力は届いたようだ。見ろ」
アルトリウスの視線を追うと、座卓の上に置かれていた聖剣と御幣が金色の光を纏って淡く輝いていた。どうやら互いの力を混ぜて中和させる作戦は成功したようだ。御幣にも力が戻っているのを感じる。
「本当に力が戻ってる。……ありがとう」
「試しに剣を持ってみろ。軽くなっているといいが」
「うん」
美言が聖剣の柄に触れた瞬間、剣と御幣を包んでいた淡い光が突如激しさを増した。攻撃的な光ではないが、あまりの眩しさに目を開けていられない。これにはアルトリウスも想定外だったようで、美言は心配した彼の方へ再び体を引き寄せられてしまった。なのに、聖剣に触れた方の手も誰かに引っ張られている。
「きゃっ! な、なに? お父さん?」
「どうした、美言?」
「え? 違うの? じゃあ、誰!? 誰かに手を引かれてる……っ」
「お前の手は俺が引いているが?」
アルトリウスの声と共に、美言の左手がわずかに後ろへ引っ張られた。
「そうじゃなくて、右手! ヤダ、何これっ」
ぶんぶんと右手を振っても、美言の手を掴んだ力は少しも緩まない。次第に光が薄れていくのを瞼に感じて、恐る恐る目を開けてみると――。
「ミコト。マイ、スウィートハニー」
赤いシャツのボタンを二つほど外した金髪の男が、恭しく取った美言の右手にキスを落とそうとしていた。そして、もうひとり。
「姫から離れろ。穢れがうつるでござる!」
長い黒髪を紙垂で結んだ狩衣姿の若い男が、金髪のチャラい男から美言を引き剥がそうと羽交い締めにしていた。
「…………えっ!?」
突然の出来事に驚いて固まる美言たちの前――座卓の上には、聖剣と御幣の代わりに謎の男二人が出現していた。




